『おれは一万石』(千野隆司・作)

  • 2017.12.29 Friday
  • 21:05

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一俵でも禄高が減れば旗本に格下げになる、ぎりぎり一万石の大名家に婿として入った十七歳の若者が、
失敗を繰り返しながらも奮闘し、家臣や領民と徐々に心を繋げて藩政を立て直してゆく。待望の新シリーズ!

 

 

たまには新しい小説に手を広げてみようと手にした文庫本には、上記のようなセールス文句があった。

 

歴史物が、それもほのぼのとした話が読みたかったので読み始めてみたら……

 

これ、ミステリーじゃん!

 

実は、推理小説やミステリーは一番苦手な分野だ。

特に、殺人事件が起こって、そのトリックや犯人を探し当てて行くという話は本当にニガテ。

だから、例外的に東野圭吾の殺人ミステリー以外の作品(「分身」とか「秘密」「ナミヤ雑貨店の奇蹟」等)や、

畠中恵の「まんまこと」シリーズは読むものの、

まずその分野に手を出すことはないのに……

 

でも、とりあえず読み始めてしまったし、

それに、幸いにも犯人探しのミステリーではないので、がんばって読了しました。

 

 

 

おもしろいのは、

主人公の井上正紀をはじめ、登場人物の多くが歴史上存在する人々であり、

藩主になる高岡藩も実在する藩だということ。

ただし、それは設定上のことだけであり、その先は、かなり自由に活動させている。

 

主役の井上正紀が、大名の若君で剣の達人というのも、時代劇の設定としてはテッパンと言っていいだろう。

また、家中に派閥があって、その一派から快く思われていなくて……、というのもオキマリのパターン。

 

当時の世相や、河川輸送の様子など、おそらくかなり調べて書いたのであろう。

江戸時代の人々の生活の様子が、生き生きと描かれていておもしろい。

 

ただ、何かしら暗い印象をもってしまうのは……

ひょっとしたら夫婦仲の悪さが影響しているのかもしれない。

 

望んで婿入りしたわけではない上に、2つ年上の姉さん女房。

どこか自分を見下しているという設定は、主人公に感情移入するにつれ、気持ちが重くなってくる。

安らぐ場所がないからかもしれない。

 

家来に快く思わない者がいたとしても、

親戚連中から疎外されたりしたとしても、

奥さんが自分を信じてしっかりと支えてくれれば、そこで心の平安が保てるのに……

 

話が進むにつれて、少しずつ歩み寄っているようにも感じられるが、

読み終わった後の爽快感がない(事件は解決して、家中にも認められて来ているのに)のは、ちょっと残念。

 

とりあえず、合わせて買った第2巻の「塩の道」をただいま読んでいる最中だが、

そのあたり……

どうなるのやら……

『菜の花の沖』(司馬遼太郎・作)

  • 2017.12.23 Saturday
  • 22:13

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司馬さんの作品は、10代の頃から読み始めて、今ではほとんどの小説を読んでいるけれど、

この「菜の花の沖」は、手つかずだった。

それは、主人公が高田屋嘉兵衛という、歴史的にはあまりパッとしない人物だったことによるのかもしれない。

 

さて、話は嘉兵衛の少年期から始まる。

郷里の淡路島での悲惨な(村八分にまでされた)境遇から、兵庫に出て船持ちになるまでの波瀾万丈な青年期。

そこでは才覚や人徳といったことを超えた、何やら人知では伺い知れない嘉兵衛の魅力の一端を見ることが出来る。

ちょっとだらだらうだうだとして話がなかなか進まないことにイライラする感じもするけれど、

この次期の嘉兵衛を知ることによって、後の対ロシア交渉の成功の理由が分かるような気がする。

 

しかし……

なかなか話は進まない……

 

高田屋嘉兵衛といえば、日本史ではゴローニン事件の当事者として知られる。

ところが、文庫本(全6巻)の第3巻で、ようやく箱舘に進出したものの、

第5巻では当時のロシア事情について詳しく述べられるため、嘉兵衛のことはほとんど置き去りになっている。

なにしろ、ゴローニンリコルドという事件の当事者だけでなく、

レザノフ、ひと世代前の大黒屋光太夫エカテリーナ2世、そしてなんとピヨートル大帝まで登場するのだから。

しかし、この説明が、当時のロシアの状況や、やがて嘉兵衛に及ぼす影響、

そして今日まで続いている日露関係の問題点を考える上でとても重要なヒントになっているからおもしろい。

 

そして最終巻の第6巻で、ようやく嘉兵衛はロシア船に捕まり、カムチャッカへと連行される。

ここから、嘉兵衛の大活躍が始まるのだが、

言葉も通じないリコルドと熱い友情を得ることになる理由や、

その後、無事ゴローニンをロシアに帰し、自分も日本に帰国できたわけが、

前半生の長々とした描写で自然と腑に落ちる……

何か、精妙なマジックでも見せられたような不思議な感動を与えられた。

 

ロシア水夫と一緒になって、「ウラー、タイショウ!」と叫びたくなる。

 

 

この時代は、江戸時代最後の輝いた時代。

小説にも、田沼意次、松平定信といった幕閣の他に、

伊能忠敬、近藤重蔵、間宮林蔵……、キラ星のごとく人材が登場して来て物語を彩っている。

 

 

もしこの時、ロシアとの修好が始まっていたら……

あるいは幕末はまったく違った形になっていたのではないか。

そして、日本とロシアとの関係もまた、今とは違った形になっていただろう。

とりわけ北方領土問題などは、存在すらしなかったのではないだろうか?

読み終わってから、そんなことをしばらく考えてしまったりした。

 

もちろん、そこには英米仏による日本の植民地化の危惧や、

ソヴィエトからの社会主義の流入といった不安要素もあるのだが……。

『夢幻の如く』 (南条範夫・作)

  • 2014.03.04 Tuesday
  • 23:59
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なんじゃこりゃ?!

……って、のが第一印象。

主人公は徳川家斉
江戸幕府第11代将軍様です。

40人の妻妾に、50人以上の子供を産ませたというトンデモナイ将軍様。
その治世は50年におよびます。
江戸時代が約260年だから、その5分の1は家斉の時代だったことになるわけです。
でも、その割には、歴史の教科書ではほとんど触れられることのない将軍様ですよね。

さて、話は田沼意次の晩年から始まって、すぐに松平定信の寛政の改革が始まります。
このあたりは、まだ読んでいて面白いんです。
定信の異常なまでの潔癖と、家斉の好色の片鱗がビミョーに対立したりして……。
しかし、定信が失脚すると、もう将軍様の思うがまま。
大奥で、数多の女性たちとのハッピーライフです。
なにしろ、政治的には何をしたというわけでもない将軍様ですから、小説にしても書くことは女性関係だけ。
「ぽちゃぽちゃがいい」だの、「もっと他の女も知りたい」だの言って、
最後には自分の前でレズビアン・プレイをさせてみたり……。
もう、ほとんど官能小説だすがな。

さて、まさかそんな将軍様の夜の生活ばかりでは話にならないということなのでしょう。
それと交互して、江戸城外での様子にも触れています。
なにしろ、この時代というのは化政文化と言う江戸時代でももっとも自由で華やかな文化が花開いた時代ですから、登場人物たちも多彩です。
山東京伝十返舎一九鶴屋南北柳亭種彦小林一茶喜多川歌麿といった文化人に、
対ロシア関係では大黒屋光太夫高田屋嘉兵衛間宮林蔵ゴローニンラクスマンレザノフ
それに、杉田玄白渡辺華山高野長英という蘭学者、
政治家も、田沼意次から松平定信水野忠成水野忠邦へと……。

こうしてみると、幕末はもうすぐそこなんですよね。
明治の初め頃のお年寄りは、「文化・文政のころは良かった」なんて言ってたそうですから。

てか、この家斉の時代があったからこそ、幕末が沸騰したんでしょうね。
反動というか、政治家がこんなメチャクチャだったら、そりゃ政府は倒されますよ。
そして、家斉にこんな乱痴気騒ぎみたいな人生を送らせることになってしまった最大の功労者(?)は、やはり松平定信でしょうね。
家斉の極端な好色も、寛政の改革からの反動だったのかもしれません。

そうそう……
タイトルの『夢幻の如く』ですが、
将軍家斉の最期の言葉だったんだそうです。
そりゃ、こんなに好き放題やってりゃねぇ〜。

てか、この人の人生って、いったい何だったんだろう?

『栄花物語』 (山本周五郎・作)

  • 2014.02.24 Monday
  • 23:59
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こんなにも悲しい人生があって良いものなのだろうか?

栄光から、挫折へ……
幸せから不幸へ……

江戸時代は、日本史上もっとも自由に暮らせた時代だと誰かが言っていた。
もっとも、それは江戸や大坂などの町人にとってはということであり、
これが東北の農民にでもなれば、クラスどころか生きるので精一杯だったのだろうが。

この『栄花物語』 、主人公は田沼意次である。
しかし、以前書いた『魚の棲む城』が、田沼を中心とした話であるのに対して、
これは、その時代に生きた庶民の話を、田沼政治とからめながら描いている。

田沼意次を、賄賂政治・悪徳政治家の権化ではなく、先見性に富んだ政治家として描いているのは『魚の棲む城』と同じである。
しかし、新しい政策を次々と打ち出すものの、松平定信や御三家など保守派の反対にあって、すべて潰されてしまう。
そして、その2つの派閥の狭間で人生を狂わされてしまった下級武士や町人たち。
しかも、彼らのほとんどが、悲しい最期を迎えるというのは……
いや、田沼意次意知親子、佐野善左衛門や松平定信もまた同じか……。

読み終わって、何とも言えない虚脱感を感じる。


現在が、江戸時代よりも自由であるかどうかはよく分からない。
しかし、どの時代に生まれても、その時代の中でしか生きられないのは今も昔も同じであり、
それに逆らってしまうと、やがては世間から、いや時代から大きなしっぺ返しを受けてしまうのかもしれない。
それでも、そうした中で、たくましく、精一杯に生きた彼らが、微笑ましく、うらやましく感じられる。

いろいろと考えさせられることが多い作品だった。

『島津奔る』 (池宮彰一郎・作)

  • 2014.02.06 Thursday
  • 17:28
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戦国末期の薩摩の英雄・島津義弘が主人公。
朝鮮出兵から関ヶ原の戦いにおいて、圧倒的な強さを誇りながらも、勝ち戦に恵まれず、退却戦においてそれを見せつけることになるという、実に皮肉な立場に置かれてしまった武将の苦悩を描いている。

なるほど、着眼点はオモシロイと思う。
今年の大河ドラマは黒田官兵衛が主役になったが、その前の案としては明智光秀やこの島津義弘が候補として挙がっていたとか……。
あるいは、この小説を原作にするつもりだったのだろうか?


ただし、ボクはあまり好きにはなれなかった。

まずは、人物の設定がヒドイ。
主役の島津義弘を、軍事能力が高く、先見性もある当代一流の武将であるとするのは良いが、
一方で、兄の島津義久を因循姑息な人物にしすぎているし、
徳川家康を天運に恵まれただけの小心者とする設定はオモシロイが、その説得力も独善的で弱い。
それに、石田三成に朝鮮出兵の責任をすべて押し付け、自分の地位と立場を守るためだけに汲々としている冷血漢とする設定もいただけない。
他の登場人物に対してもそうだが、結局主役の島津義弘を引き立たせるために、周囲の人物を必要以上に無能な悪役に仕立て上げてしまうという手法は、あまりにも了見が狭く稚拙な印象を受ける。
まるで、女子中学生が自分が悲劇のヒロインを演じるために、周りの気に入らない子たちをみんな悪い子にしてしまうような……。
言い過ぎかな?

また、朝鮮出兵の目的を、戦国時代における戦争景気が、秀吉が天下統一したことで戦がなくなったことによって一気に不景気に陥ることによる景気回復策だとしているのも、いかがなものか。
昔のことを現代の事象に置き換えて説明するのは理解しやすいが、戦国時代と現代とでは社会体系が違いすぎる。兵農分離が進んでいないこの時代に、戦争がなくなったからといって不景気や物資の需要がなくなることで産業が停滞するということは考えにくいのではないだろうか。
それは、江戸時代の初期にそういった問題が起きなかったことでも説明がつくと思うのだが……。

評判が良かったので読んでみた小説だが、ボクはまるで好きになれなかった。


なお、この小説本は、現在絶版となっている。
それは、内容や言い回しなどが、司馬遼太郎の『関ヶ原』に酷似しているという理由によるものだそうだ。
そう思って読んでみると……
いや、そんなことは知らなくても、司馬版『関ヶ原』を読んでいれば、あちらこちらに類似箇所が散見出来ることに気付くはずである。
人物の設定については、かなり違った印象を受けたが、合戦の描写やセリフ回しなどは、まるでデジャビューを見ているような感覚が残った。

何にしても、とても残念な作品。
池宮氏の他の作品は好きなんだけどね……

『その日の吉良上野介』(池宮彰一郎・作)

  • 2014.01.09 Thursday
  • 16:55
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昨日に続いて、忠臣蔵関連です。

吉良さんって、ホントにカワイソウだと思うんです。

そもそも、なぜ浅野内匠頭吉良上野介に斬りつけたんでしょうか?
昔から、その原因や理由については、いろいろ考証されて来ました。
賄賂が少なかったとか、塩田の件での確執だとか……
あるいは、内匠頭の奥方に吉良が懸想したとか、美少年の小姓をよこせと言って断られたなんていうバカバカしいものまで……
でも、本当の所は、結局当事者の2人にしか分かりません。

ケンカだったんだろうか?
だとしたら、そりゃ内匠頭だけを処罰したのは片手落ちでしょう。
でも、仮にも武士なんだから、短刀で斬りつけるなんていう中途半端な攻撃では相手を殺せないことくらい内匠頭にも分かってたはずだと思うんです。正気ならね……
とすれば、やはり乱心?
少なくとも、まともな精神状態ではなかったんでしょう。そうでなければ、かなりお粗末ですよ。

一番の被害者は、赤穂浅野家の家臣たちでしょう。
バカな殿様のせいで、いきなり職を失ってしまうのですから。
このままじゃ、自分たちがあまりにミジメ。
せめて相手方の吉良を徹底的に悪者にして、怒りをぶつけるくらいしか気持ちをあさめる方法がなかったんじゃないでしょうか。
その辺りのことは、池宮彰一郎『四十七人の刺客』で実に上手く描いています。
だとしたら……、本当に一番被害をくらったのは、吉良上野介であり、その家臣たちでしょう。

本作は、その吉良さんが、討ち入られる前夜、家臣の1人に刃傷事件に至る経緯をぼやくという内容の短編です。
ネタバレになってしまうので詳細は書きませんが、これがいかにもモットモラシイ内容なんですね。
「あぁ〜、そんなとこかもしれないな」って思っちゃう。
歴史上の大事件なんて、しょせんこの程度のことで起こっちゃうのかもしれません。

あぁ〜、それにしても、吉良さんってやっぱりカワイソウ。

『元禄太平記』(南條範夫・作)

  • 2014.01.08 Wednesday
  • 23:59
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東京駒込の六義園です。
ボクは、この場所が好きで、東京に行くとよく訪れていました。
大都会のど真ん中にあるにもかかわらず、庭園の中に入ると、外の喧噪は嘘のように聞こえません。
ここは、かつて柳沢吉保という大名の下屋敷であったところで、時の将軍徳川綱吉も度々訪れたということです。

この柳沢吉保という人物は、江戸時代でも異例の出世を遂げた人です。
当時はまだ館林宰相であった綱吉の小姓から、やがては幕府の大老格として幕政の中心人物となり、甲府城主15万石の大大名にまで上り詰めたのですから。こうした例は、江戸時代にはほとんどなく、あえて挙げるなら田沼意次くらいでしょうか……。
いわば、太閤秀吉のような、あるいは田中角栄のような英雄譚があっても良さそうなものなのですが、…………これがないんですね。

結局、史上類を見ない悪法とされる生類憐れみの令に関与していたり、いわゆる忠臣蔵事件の敵対勢力としてのイメージがついているせいか、人気がないんでしょうね。
でも、なぜかボクはこの柳沢吉保に魅かれるんです。


南条範夫の『元禄太平記』は、珍しく柳沢吉保を主人公として扱った作品です。
話は、元禄元年、吉保が側用人に登用される所から始まり、その後どんどん出世を重ねて行く様子が、江戸の町人の様子やなども交えながらすすんでいく。
吉保の甥という設定の信花兵庫という架空の人物の活躍が実に小気味よい。

ここまでの吉保像は、怜悧で貪欲だが、綱吉のために懸命に奉公するという、ある意味理想的な官僚として描かれている。

しかし、浅野内匠頭が殿中松の廊下で吉良上野介に刃傷におよぶという事件が起こると、話の内容のほとんどは討ち入り云々という方向に持って行かれてしまい、主役も大石内蔵助に移ってしまったような感があるのが残念。
この刃傷事件の遠因が、吉保にあるというのがこの小説の描き方であり、どうしても吉保は反赤穂派=吉良方ということになってしまう。同時に、権力をつかんでしまった人物が陥るであろう保身や驕りたかぶりも出て来てしまい、若い頃の溌剌さが影を落としてしまう。

なぜこの柳沢吉保に魅かれるのか?
吉保は、幕府の権威を維持すること、そして何より、自分を取り立ててくれた将軍綱吉の意向を尊重することを最優先させて仕事をしていたのだろうと思うんです。
一方で、「成り上がり者」と白眼視しつつ、その権力には媚びなければならなかった周囲の反感が、将軍代替わりとともに噴き出してしまい、後世の評価が悪い方向に行ってしまっただけではないかとも思うんです。
その証拠……、というほどのことはないかもしれませんが、幕政から失脚した後もそれ以上の仕打ち、つまり城地を召し上げられたりすることもなかったのは、感情の上からはともかく、吉保の功績を周りが認めていたためではなかったのでしょうか。もっとも子の吉里の代になると、甲府から大和郡山に転封させられてしまいますが……。
ともかく、そういう見方をすれば、むしろ悲劇のヒーローとして描くことも出来るかもしれないのに……。
なんとなく、一生懸命尽くしたのに、最後の最後で認められなかった男の悲哀みたいなものを、吉保に感じるのかもしれません。

いわゆる忠臣蔵ものとして読むのも良いでしょうが、ボクとしては、その裏で敵役に回ってしまった吉保に同情しつつ読み進めたい一冊です。

『国盗り物語』(司馬遼太郎・作)

  • 2013.06.14 Friday
  • 20:05
 23.6℃/17.2℃

「鳴かぬなら ◎◎◎◎◎◎◎ ホトトギス」


よく、人を信長型・秀吉型・家康型に分類したりしますが、
ぼくの場合は、迷うことなく信長タイプでしょう。
独断・独裁型で猪突猛進って感じ。
他人の意見よりも、自分の考えを信じるタイプですから。



この『国盗り物語』は、当初斎藤道三を描こうとして書かれた小説なんだそうです。
しかし、書き進むに連れて、出版社の方から、「もっと続けては」と催促されて、道三の後継者と位置づけられる織田信長明智光秀を主人公に置き換えて1つの作品にしたのだとか……。

この人物による事業の受け継ぎという考え方は、司馬遼太郎さんはよく使いますね。
道三→信長・光秀という、中世から近世への移行、
あるいは、吉田松陰→高杉晋作→大村益次郎・伊藤博文という明治維新での系譜。
こうした歴史の捉え方は、とてもおもしろいと思うのだけれども、やはりそこは司馬史観の域を出ないのかなとも思います。


さて、この『国盗り物語』
おもしろいのは、なんと言っても斎藤道三の国盗りの様子。
一介のの油商人が、手練手管を尽くして、美濃国の国主にまで上り詰めてしまう様子は、1人の人間が2つの人生を同時進行で歩んで行くという、他に例を見ない痛快さがあります。
もっとも、現在では、斎藤道三の国盗りは親子二代による事業だというのが定説になってしまっているのですが……。
でも、そこが小説としてのおもしろさ♪

織田信長は、少年青年期の奇行が象徴しているように、「世間並み」からはほど遠い人物、
いっぽう、明智光秀はあまりにも常識的な人物として描かれている。
まるでジキルとハイドのような、こんな2人が主従になったって、上手くいくわけないのに……。
そんな2人の考え方の違いをことごとに対立して描きながら、本能寺へと進んで行きます。

ぼくは光秀に同情するね。
信長のような主人・上司を持ったら、そりゃ鬱にもなるさ。
でも、信長のように何もかも破壊してしまう勢いのあるような指導者が、時には求められるのでしょう。この戦国末期というのは、そんな時代だったんでしょうね。
日本の歴史の中では、極めて特異な時代だったといえるのではないでしょうか。
世界史的にも、アレキサンダー大王や、始皇帝、ヒトラー、スターリンの様な人物が求められる時代が稀にあるわけで……。
さて、今の時代はどうなんでしょうか?



『のだめカンタービレ』(二ノ宮知子・作)

  • 2013.05.12 Sunday
  • 18:02
  14.7℃/6.3℃

乙川中の頃、ある生徒が……
「先生、『のだめカンタービレ』ってマンガ、読んだことある?」
って言ってきました。
その頃は、まだこのマンガを読んだこともなく……
それどころか、こうしたいわゆる業界ものを避けていたので、読むつもりさえありませんでした。
そしたら、その生徒が大興奮して言うんです。

「千秋様って人が出て来てね。
 それがすごく高圧的な指揮者でね。
 なんか、雰囲気が先生に似てるんだよね。
 合奏中にボケとかハゲとか叫ぶし……。
 ひょっとして、モデル?」

……んなわけないだろ!

「でも、早川っていうライバルの指揮者も出て来るし、
 これってA中の先生と同じ名前じゃん。
 チアキサマチイサマ、そっくりじゃん。」

たしかに、隣町のライバル校の吹奏楽部の先生は早川先生でした。
当時から、「ちいさま」と呼ばれてはいました。
でも、やっぱり偶然だろ……。
こんな田舎の無名の中学校の先生のプライベートな人間関係を、マンガのモデルなんかにするわけないじゃん。

とてもガッカリして去って行きましたが……




それから数年して、このマンガがドラマになってから、やっと原作のマンガを読んだんです。

衝撃的でした。
なぜ、もっと早く読まなかったんだろう?!
ドラマもおもしろかったけど、原作はそれ以上です。

何がスバラシイって……、
一番すごいと感じたのは、絵から音が出て来ることです。
ベートーヴェンの交響曲も、ラフマニノフのピアノ協奏曲も、ティルも……
絵を見ていると、そこから音楽が流れて来る♪
曲を知っているからかもしれないけど、こういう体験は初めてでした。

それにしても……、終わり方は、ちょっとあっさり。
まるで、プロコフィエフの交響曲第7番みたい。
これだけ延々と盛り上げて来て、こういう形で終わるか?って感じ。
でも、その後にオペラ篇が続編として書かれましたからね。ちょっとスッキリ。
そういえば、プロコの7番も、後付けでコーダが書かれたし……。


そうそう☆
一番好きなシーンは……

単行本代17巻の187〜189ページです。

何度読んでも、泣きそうになります。

『城塞』(司馬遼太郎・作)

  • 2013.05.05 Sunday
  • 23:59
  12.3℃/2.6℃

司馬遼太郎の戦国シリーズの完結編が、大坂の陣を描いたこの『城塞』です。

『国盗り物語』(斎藤道三・織田信長・明智光秀)、『新史・太閤記』(豊臣秀吉)、『覇王の家』(徳川家康)、『関ヶ原』(石田三成)……と読み進めて来ると、戦国時代が終焉を迎えるにあたっての、まさに「夢のまた夢」といったいろいろな感慨が募ってきます。
また、その脇には『夏草の賦』(長宗我部元親)、『戦雲の夢』(長宗我部盛親)、『豊臣家の人々』『功名が辻』(山内一豊)など脇を固める長編も魅力的だし、
この大坂の陣についても、『軍師ふたり』(真田幸村・後藤又兵衛)や『若江堤の霧』(木村重成)、『信九郎物語』(長宗我部康豊)などの短編を合わせて読むと、よりいっそう豊かに情景が浮かんできます。

さて、大坂の陣を描いたこの作品。主人公は、徳川家康でもなく、豊臣秀頼でもありません。また、この戦で活躍した真田幸村(今は信繁という名前のが一般的)や後藤又兵衛でもなく……、なんと、小幡勘兵衛というあまり名の知れていない人なのです。
勘兵衛は、武田家の遺臣で、徳川家に仕えていた人ですが、間諜(スパイ)として大阪城に入場した人だそうです。
こうした、徳川・豊臣両家に縁深い人を主人公にしたことで、この両側の様子をスムーズに描くことが出来ているし、それぞれの思いが読み手に良く伝わってきます。
また、お夏という架空の人物(淀殿の女官)を活躍させることで、より人間臭い味わいが出ているのも、この物語をいっそうおもしろいものにしています。

とにかく……
読んでいて、本当に切なく悲しいのは、家康の策謀にのせられて、どんどんと破滅に進んで行ってしまう豊臣家の人たち。
大野修理淀殿も、けして阿呆ではないのだろうが、家康の巧妙な作戦に、完全に受動的な形でのせられてしまい、結局は冬の陣の後、大阪城の外堀を埋め立てられてしまい、半年後の夏の陣で滅ぼされてしまう。
こうした絶望的な状況の中で、真田、後藤、長宗我部などの浪人諸将が実にさわやかな戦いを繰り広げるのも、爽快感とともに、空しさを感じざるを得ないのです。


実は、この外堀埋め立て事件……。
どうも、現在の憲法改正問題とリンクしてしまうのですが……
96条という外堀から攻めて、やがて9条や1条という内堀へ……、そして本丸は?

この国は、いったいドコへ行こうとしているのか……

杞憂なら良いのですが……

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