『未来の想い出』(藤子・F・不二雄 作)

  • 2018.06.18 Monday
  • 23:59

くもり 19.9℃/10.2℃

 

 

もう一度、人生をやり直したい……、と思ったことはありませんか?

 

  

 

藤子Fさんの最後の作品となったこのマンガは、今は絶版になっているんだとか……

なんか、とてもモッタイナイ気がする。

 

 

物語は……

今はすっかり落ちぶれてしまった中年の漫画家が主人公。

過去には大ヒット作品を発表して栄光をつかんだこともあったり、

好意を寄せていた女性とも不幸な死に別れをしたり……

しかし、ある時、ひょんなことから自分は同じ人生を何度も繰り返し行きていることに気付き、

そのカラクリを逆手に取って人生をやり直そうという……

 

本作の中でも主人公が言っているように、

「ファウスト以来、手あかのついた題材」なのだが、

これもまた本作の中で述べられているように、

「光の当てようで新しく装える」もののようで……
納戸理人(何度もリピート?)の場合は、
恋人だった新人女優の不幸な死を回避して、結婚しようというのが人生やり直しの最大の目的。
同時に、漫画家としての成功(一発屋ではない!)も考えていたようだが……
さて、あなただったらどうしますか?
まず、どのタイミングからやり直す?
まさか、生まれた時から、というのはちょっと無駄が多いような気がしますね。
小学生?
中学生?
あるいは就職の時期とか……
いずれにしても今の記憶は持ったままということは、絶対条件として挙げられるでしょう。
何も覚えていなければ、また同じ人生を歩むのは目に見えてますからね。
ボクなら、せめて中学校入学と同時期にピアノを始めたい
ただそれだけのことで、その後の人生は大きく変わったと思うから。
どう変わったかは分からないけど……
音楽大学を目指してたかな?
それで、プロの音楽家になれたのだろうか?
結局、音楽の先生になってたりして……
それじゃ、あんまりオモシロクナイ。
でも、そこが自分のターニングポイントだったのは確かなわけで、
もし……
なんて思って、いろいろ妄想したりするのはおもしろいかも。
そんな、自分の人生を重ね合わせたりしながら読むと、
マンガとはいえ、しても考えさせられる作品だと思うのです。
「ドラえもん」や「パーマン」もいいけど、
藤子Fさんの、SF(少し・不思議)な作品が大好きなんです。

『羊と鋼の森』(宮下奈都・作)

  • 2018.06.13 Wednesday
  • 19:28

あめ 13.4℃/5.3℃

 

 

最近映画化されて、話題になっている作品。

 

 

物語は、たんたんと進む。

 

新人のピアノ調律師の青年が、周りの人々との関わりの中で成長して行く話なのだが、

特に大きな事件が起こるわけでもなく、ドラマティックな展開もない。

 

それはちょうど、ピアノの調律をしているような……

少しずつ少しずつ、何かが変わって行く。

 

 

主人公の外村という青年には、名前さえ出て来ない。

容姿に関する記述もない。

だからこそ、いっそう読者のイマジネーションがふくらむ。

自分好みの青年を描けば良いのだから……

 

でも、やはり映画のせいもあるのだろう。

どうしても、山崎賢人になってしまう。

他の登場人物も、鈴木亮平だったり、三浦友和だったり、上白石姉妹だったり……

だから、本当は映像化される前に読みたかったのに……

 

 

たんたんとしたストーリー運びなのに、なぜかとても魅きつけられるのは、言葉の美しさのせいだろうか。

舞台が北海道だということも、イメージしやすいのかもしれない。

作家は、新得町で数年間過ごしたそうだから、あるいはその辺りの風景をイメージして書いたのだろうか。

ちなみに、映画の撮影は、旭川や美瑛でも行なわれていたようである。

そういえば、山崎賢人が映画の撮影に来ているという目撃情報が、かつて飛び交っていた時期があったな。

 

 

美しいのは言葉だけではない。

物語の中の人間関係がとても美しい。

 

まだ未熟な、調律師としてだけではなく、人間としても未熟な若い青年を、

楽器店の先輩調律師や受付の女性、社長たちが、とても温かく見守り、励ましている。

外村青年も、そうした人々の援助や叱咤激励を、素直に受け入れ、成長して行く。

 

こうした光景は、なにも調律師の世界だけではなく、

学校を出て社会人となった人ならみんな経験することなのかもしれない。

 

かつて自分も、

先生になりたての頃、先輩教師や、あるいは保護者の方々から、いろんなことを教えていただいた。

また、吹奏楽部の指導者としても、知多吹連の先輩の先生方に、本当に良くしていただいた。

 

そんな自分が若かった頃のことを思い出しながら、

ほのぼのと温かい気持ちになって読み進めることが出来た。

 

 

『義経』(司馬遼太郎・作)

  • 2018.06.11 Monday
  • 23:59

くもり 20.0℃/3.7℃

 

 

司馬遼太郎は、軍事的天才が好きなんだろうなと思う。

『花神』の大村益次郎や、『項羽と劉邦』の韓信、そしてこの源義経も。

 

人間が持ちうる才能としては、最も希有なものとして、司馬氏はこの戦術的天才を挙げている。

そして、こういう特殊な才能を持って産まれた人物というのは、

得てして他の何か大切なものを置き忘れて産まれて来るようで、

人間社会での軋轢に巻き込まれたり、誤解をうけたりして、多くは非業の死を遂げている。

 

 

そうした中でも、義経はかなり極端な礼だろう。

 

戦術、それも「平家を滅ぼす」という一点以外の物事に関しては、もはや痴呆といか言いようがないくらいに甘い。

その結果、兄である源頼朝の反感を買い、結局は殺されてしまうのだが、

これとて、反抗して頼朝と決戦しようと思えば出来たかもしれないのに、

まるで自らが望んでそうしたように、滅亡への道を進んで行く。

 

こうした義経の内面を、いろいろな事例を挙げて丹念に描き、

けして共感は出来ないけれど、義経という人物に対して、憐れみとか、同情のような感情を持たざるを得ない。

 

また、

対する平家もていねいに描かれている。

中でも、薩摩守忠度の富士川へ赴く前の様子や、

新中納言知盛の、壇ノ浦での様子は、読んでいてむしろ平家への憐憫の情を押さえかねる。

 

 

なのに!

 

この尻切れとんぼのような結末はどうしたことか!

 

壇ノ浦で平家を滅ぼした後、頼朝との確執、いよいよ平泉への逃避行……

という手前で完結。

 

義経は、諸国の山河にかくれ、隠れては奔り、転々としつつ、朝廷と鎌倉から追跡され、ついに奥州の平泉まで逃げ、追いつめられ、最後に衣川の持仏堂に逃げ入り、自害した。

 

文庫本にして、あと一冊は書けるであろう内容をねたった2行でまとめてしまったのはなぜか?!

 

一説には、司馬氏が執筆への興味や情熱を失ったためだとも云われるが、本当にそうなのか?

 

あるいは、源義経という人物の一生において、今日を落ちた後のことは余計だったのではないか。

平家の最期は、壇ノ浦の合戦においても、その前においても、それなりに美しく絵になるが、

義経の最期は、あまりに悲惨で、兄や鎌倉との確執もけして美しくはなく、むしろ描かない方が良いと判断したのだろうか。

 

 

源義経は、ただひとつ、平家を滅ぼすためだけに、天が地上にもたらしたのではないのか……

 

 

この作品を読むことで、

特異な才能を持った人物の悲哀を感じつつ、

人間社会に生きることの難しさについて、改めて考えさせられた。

 

『北条政子』(永井路子・作)

  • 2018.02.18 Sunday
  • 21:50

おてんき -7.6℃/-22.2℃

 

 

 

鎌倉幕府を開いた源頼朝の奥さん、北条政子

 

歴史の部隊に出て来るのは、承久の乱の時の大演説くらいで、

どんな奥さんだったのか、

どんな母親だったのか、

そして、どんな女性だったのか……

かなり謎に包まれた人なのだが、

そこは謎の女性を書かせたら日本一(?)の永井路子さん、

「あぁ〜、こんな人だったのかなぁ〜」って、思わせちゃうからすごいよね。

 

 

本文は、徹底して政子目線で描かれています。

だから、重大な歴史の節目に当たるような事件や合戦も、

いわゆる「ナレーションによる説明」程度で軽く流されています。

石橋山の合戦も、富士川の合戦も、

源平の合戦の中でも有名な、屋島も壇ノ浦も、

衣川での源義経の自刃も、

さらには、長男で二代将軍である源頼家の斬殺ですら、いわゆるナレ死!

 

一方、長女の大姫や次女の三幡の死については、

思わず涙が出て来そうなくらい、悲しく切ない描写がされています。

 

そして、承久の乱に至っては、まったく触れられていないという……

 

それは、たとえ歴史上に有名な人物であっても、

身ぐるみ剥がしてしまえば、ただの「おんな」に過ぎないのだというメッセージなのかもしれない。

「尼御台」などと呼ばれて尊崇されていても、しょせん悲しい母でしかないということなのかもしれない。

 

 

この小説は、昭和54年(1979年)放送の大河ドラマ「草燃える」の原作です。

ドラマでは、政子を岩下志麻さんが好演されて、そのイメージが強すぎるのだけれど、

この小説を読む限り、もっと違ったキャスティングもありなのかな、と思われます。

 

話は少し飛びますが、

この「草燃える」の後、女性を主人公にした大河ドラマが度々放映されています。

「おんな太閤記」(北政所ねね)、「春の波濤」(川上貞奴)、「春日局」、「花の乱」(日野富子)……

そして、「江」以来、隔年で主人公が男女男女男女男女男女男女……

 

別に、女性が主役ではダメだというのではない。

でも、描き方が……

 

この「草燃える」の場合、小説では合戦シーンなど皆無だったけれど、

ドラマでは、きちんと全部描かれていたのです。

目線は政子でも、その周囲の出来事も、ていねいに描かれていて、

見ている方も、歴史的背景を理解する一助になったし、

何より展開にメリハリがあっておもしろかった。

 

ところが、最近の大河ドラマは……

予算がないのか、

主人公に関係がないから……

直接関わっていないから……

昨年の「おんな城主直虎」にしても、せっかくいい役者を使っているのに、桶狭間の戦いも本能寺の変もない。

その前の「花燃ゆ」にしても、四境戦争や寺田屋事件などの描き方が……

 

 

 

 

話がそれました……

 

この作品、一番印象的なのは源実朝の章。

彼の生き方は、葉はである政子の負の遺産を全てひとりで背負って散って行くようで……

切な過ぎます。

『おれは一万石』(千野隆司・作)

  • 2017.12.29 Friday
  • 21:05

くもり -0.9℃/-10.5℃

 

 

一俵でも禄高が減れば旗本に格下げになる、ぎりぎり一万石の大名家に婿として入った十七歳の若者が、
失敗を繰り返しながらも奮闘し、家臣や領民と徐々に心を繋げて藩政を立て直してゆく。待望の新シリーズ!

 

 

たまには新しい小説に手を広げてみようと手にした文庫本には、上記のようなセールス文句があった。

 

歴史物が、それもほのぼのとした話が読みたかったので読み始めてみたら……

 

これ、ミステリーじゃん!

 

実は、推理小説やミステリーは一番苦手な分野だ。

特に、殺人事件が起こって、そのトリックや犯人を探し当てて行くという話は本当にニガテ。

だから、例外的に東野圭吾の殺人ミステリー以外の作品(「分身」とか「秘密」「ナミヤ雑貨店の奇蹟」等)や、

畠中恵の「まんまこと」シリーズは読むものの、

まずその分野に手を出すことはないのに……

 

でも、とりあえず読み始めてしまったし、

それに、幸いにも犯人探しのミステリーではないので、がんばって読了しました。

 

 

 

おもしろいのは、

主人公の井上正紀をはじめ、登場人物の多くが歴史上存在する人々であり、

藩主になる高岡藩も実在する藩だということ。

ただし、それは設定上のことだけであり、その先は、かなり自由に活動させている。

 

主役の井上正紀が、大名の若君で剣の達人というのも、時代劇の設定としてはテッパンと言っていいだろう。

また、家中に派閥があって、その一派から快く思われていなくて……、というのもオキマリのパターン。

 

当時の世相や、河川輸送の様子など、おそらくかなり調べて書いたのであろう。

江戸時代の人々の生活の様子が、生き生きと描かれていておもしろい。

 

ただ、何かしら暗い印象をもってしまうのは……

ひょっとしたら夫婦仲の悪さが影響しているのかもしれない。

 

望んで婿入りしたわけではない上に、2つ年上の姉さん女房。

どこか自分を見下しているという設定は、主人公に感情移入するにつれ、気持ちが重くなってくる。

安らぐ場所がないからかもしれない。

 

家来に快く思わない者がいたとしても、

親戚連中から疎外されたりしたとしても、

奥さんが自分を信じてしっかりと支えてくれれば、そこで心の平安が保てるのに……

 

話が進むにつれて、少しずつ歩み寄っているようにも感じられるが、

読み終わった後の爽快感がない(事件は解決して、家中にも認められて来ているのに)のは、ちょっと残念。

 

とりあえず、合わせて買った第2巻の「塩の道」をただいま読んでいる最中だが、

そのあたり……

どうなるのやら……

『菜の花の沖』(司馬遼太郎・作)

  • 2017.12.23 Saturday
  • 22:13

くもり 2.0℃/-6.2℃

 

 

司馬さんの作品は、10代の頃から読み始めて、今ではほとんどの小説を読んでいるけれど、

この「菜の花の沖」は、手つかずだった。

それは、主人公が高田屋嘉兵衛という、歴史的にはあまりパッとしない人物だったことによるのかもしれない。

 

さて、話は嘉兵衛の少年期から始まる。

郷里の淡路島での悲惨な(村八分にまでされた)境遇から、兵庫に出て船持ちになるまでの波瀾万丈な青年期。

そこでは才覚や人徳といったことを超えた、何やら人知では伺い知れない嘉兵衛の魅力の一端を見ることが出来る。

ちょっとだらだらうだうだとして話がなかなか進まないことにイライラする感じもするけれど、

この次期の嘉兵衛を知ることによって、後の対ロシア交渉の成功の理由が分かるような気がする。

 

しかし……

なかなか話は進まない……

 

高田屋嘉兵衛といえば、日本史ではゴローニン事件の当事者として知られる。

ところが、文庫本(全6巻)の第3巻で、ようやく箱舘に進出したものの、

第5巻では当時のロシア事情について詳しく述べられるため、嘉兵衛のことはほとんど置き去りになっている。

なにしろ、ゴローニンリコルドという事件の当事者だけでなく、

レザノフ、ひと世代前の大黒屋光太夫エカテリーナ2世、そしてなんとピヨートル大帝まで登場するのだから。

しかし、この説明が、当時のロシアの状況や、やがて嘉兵衛に及ぼす影響、

そして今日まで続いている日露関係の問題点を考える上でとても重要なヒントになっているからおもしろい。

 

そして最終巻の第6巻で、ようやく嘉兵衛はロシア船に捕まり、カムチャッカへと連行される。

ここから、嘉兵衛の大活躍が始まるのだが、

言葉も通じないリコルドと熱い友情を得ることになる理由や、

その後、無事ゴローニンをロシアに帰し、自分も日本に帰国できたわけが、

前半生の長々とした描写で自然と腑に落ちる……

何か、精妙なマジックでも見せられたような不思議な感動を与えられた。

 

ロシア水夫と一緒になって、「ウラー、タイショウ!」と叫びたくなる。

 

 

この時代は、江戸時代最後の輝いた時代。

小説にも、田沼意次、松平定信といった幕閣の他に、

伊能忠敬、近藤重蔵、間宮林蔵……、キラ星のごとく人材が登場して来て物語を彩っている。

 

 

もしこの時、ロシアとの修好が始まっていたら……

あるいは幕末はまったく違った形になっていたのではないか。

そして、日本とロシアとの関係もまた、今とは違った形になっていただろう。

とりわけ北方領土問題などは、存在すらしなかったのではないだろうか?

読み終わってから、そんなことをしばらく考えてしまったりした。

 

もちろん、そこには英米仏による日本の植民地化の危惧や、

ソヴィエトからの社会主義の流入といった不安要素もあるのだが……。

『夢幻の如く』 (南条範夫・作)

  • 2014.03.04 Tuesday
  • 23:59
  -0.7℃/-11.6℃

なんじゃこりゃ?!

……って、のが第一印象。

主人公は徳川家斉
江戸幕府第11代将軍様です。

40人の妻妾に、50人以上の子供を産ませたというトンデモナイ将軍様。
その治世は50年におよびます。
江戸時代が約260年だから、その5分の1は家斉の時代だったことになるわけです。
でも、その割には、歴史の教科書ではほとんど触れられることのない将軍様ですよね。

さて、話は田沼意次の晩年から始まって、すぐに松平定信の寛政の改革が始まります。
このあたりは、まだ読んでいて面白いんです。
定信の異常なまでの潔癖と、家斉の好色の片鱗がビミョーに対立したりして……。
しかし、定信が失脚すると、もう将軍様の思うがまま。
大奥で、数多の女性たちとのハッピーライフです。
なにしろ、政治的には何をしたというわけでもない将軍様ですから、小説にしても書くことは女性関係だけ。
「ぽちゃぽちゃがいい」だの、「もっと他の女も知りたい」だの言って、
最後には自分の前でレズビアン・プレイをさせてみたり……。
もう、ほとんど官能小説だすがな。

さて、まさかそんな将軍様の夜の生活ばかりでは話にならないということなのでしょう。
それと交互して、江戸城外での様子にも触れています。
なにしろ、この時代というのは化政文化と言う江戸時代でももっとも自由で華やかな文化が花開いた時代ですから、登場人物たちも多彩です。
山東京伝十返舎一九鶴屋南北柳亭種彦小林一茶喜多川歌麿といった文化人に、
対ロシア関係では大黒屋光太夫高田屋嘉兵衛間宮林蔵ゴローニンラクスマンレザノフ
それに、杉田玄白渡辺華山高野長英という蘭学者、
政治家も、田沼意次から松平定信水野忠成水野忠邦へと……。

こうしてみると、幕末はもうすぐそこなんですよね。
明治の初め頃のお年寄りは、「文化・文政のころは良かった」なんて言ってたそうですから。

てか、この家斉の時代があったからこそ、幕末が沸騰したんでしょうね。
反動というか、政治家がこんなメチャクチャだったら、そりゃ政府は倒されますよ。
そして、家斉にこんな乱痴気騒ぎみたいな人生を送らせることになってしまった最大の功労者(?)は、やはり松平定信でしょうね。
家斉の極端な好色も、寛政の改革からの反動だったのかもしれません。

そうそう……
タイトルの『夢幻の如く』ですが、
将軍家斉の最期の言葉だったんだそうです。
そりゃ、こんなに好き放題やってりゃねぇ〜。

てか、この人の人生って、いったい何だったんだろう?

『栄花物語』 (山本周五郎・作)

  • 2014.02.24 Monday
  • 23:59
  5.2℃/-8.1℃

こんなにも悲しい人生があって良いものなのだろうか?

栄光から、挫折へ……
幸せから不幸へ……

江戸時代は、日本史上もっとも自由に暮らせた時代だと誰かが言っていた。
もっとも、それは江戸や大坂などの町人にとってはということであり、
これが東北の農民にでもなれば、クラスどころか生きるので精一杯だったのだろうが。

この『栄花物語』 、主人公は田沼意次である。
しかし、以前書いた『魚の棲む城』が、田沼を中心とした話であるのに対して、
これは、その時代に生きた庶民の話を、田沼政治とからめながら描いている。

田沼意次を、賄賂政治・悪徳政治家の権化ではなく、先見性に富んだ政治家として描いているのは『魚の棲む城』と同じである。
しかし、新しい政策を次々と打ち出すものの、松平定信や御三家など保守派の反対にあって、すべて潰されてしまう。
そして、その2つの派閥の狭間で人生を狂わされてしまった下級武士や町人たち。
しかも、彼らのほとんどが、悲しい最期を迎えるというのは……
いや、田沼意次意知親子、佐野善左衛門や松平定信もまた同じか……。

読み終わって、何とも言えない虚脱感を感じる。


現在が、江戸時代よりも自由であるかどうかはよく分からない。
しかし、どの時代に生まれても、その時代の中でしか生きられないのは今も昔も同じであり、
それに逆らってしまうと、やがては世間から、いや時代から大きなしっぺ返しを受けてしまうのかもしれない。
それでも、そうした中で、たくましく、精一杯に生きた彼らが、微笑ましく、うらやましく感じられる。

いろいろと考えさせられることが多い作品だった。

『島津奔る』 (池宮彰一郎・作)

  • 2014.02.06 Thursday
  • 17:28
 -4.0℃/-18.5℃

戦国末期の薩摩の英雄・島津義弘が主人公。
朝鮮出兵から関ヶ原の戦いにおいて、圧倒的な強さを誇りながらも、勝ち戦に恵まれず、退却戦においてそれを見せつけることになるという、実に皮肉な立場に置かれてしまった武将の苦悩を描いている。

なるほど、着眼点はオモシロイと思う。
今年の大河ドラマは黒田官兵衛が主役になったが、その前の案としては明智光秀やこの島津義弘が候補として挙がっていたとか……。
あるいは、この小説を原作にするつもりだったのだろうか?


ただし、ボクはあまり好きにはなれなかった。

まずは、人物の設定がヒドイ。
主役の島津義弘を、軍事能力が高く、先見性もある当代一流の武将であるとするのは良いが、
一方で、兄の島津義久を因循姑息な人物にしすぎているし、
徳川家康を天運に恵まれただけの小心者とする設定はオモシロイが、その説得力も独善的で弱い。
それに、石田三成に朝鮮出兵の責任をすべて押し付け、自分の地位と立場を守るためだけに汲々としている冷血漢とする設定もいただけない。
他の登場人物に対してもそうだが、結局主役の島津義弘を引き立たせるために、周囲の人物を必要以上に無能な悪役に仕立て上げてしまうという手法は、あまりにも了見が狭く稚拙な印象を受ける。
まるで、女子中学生が自分が悲劇のヒロインを演じるために、周りの気に入らない子たちをみんな悪い子にしてしまうような……。
言い過ぎかな?

また、朝鮮出兵の目的を、戦国時代における戦争景気が、秀吉が天下統一したことで戦がなくなったことによって一気に不景気に陥ることによる景気回復策だとしているのも、いかがなものか。
昔のことを現代の事象に置き換えて説明するのは理解しやすいが、戦国時代と現代とでは社会体系が違いすぎる。兵農分離が進んでいないこの時代に、戦争がなくなったからといって不景気や物資の需要がなくなることで産業が停滞するということは考えにくいのではないだろうか。
それは、江戸時代の初期にそういった問題が起きなかったことでも説明がつくと思うのだが……。

評判が良かったので読んでみた小説だが、ボクはまるで好きになれなかった。


なお、この小説本は、現在絶版となっている。
それは、内容や言い回しなどが、司馬遼太郎の『関ヶ原』に酷似しているという理由によるものだそうだ。
そう思って読んでみると……
いや、そんなことは知らなくても、司馬版『関ヶ原』を読んでいれば、あちらこちらに類似箇所が散見出来ることに気付くはずである。
人物の設定については、かなり違った印象を受けたが、合戦の描写やセリフ回しなどは、まるでデジャビューを見ているような感覚が残った。

何にしても、とても残念な作品。
池宮氏の他の作品は好きなんだけどね……

『その日の吉良上野介』(池宮彰一郎・作)

  • 2014.01.09 Thursday
  • 16:55
  -3.3℃/-10.8℃

昨日に続いて、忠臣蔵関連です。

吉良さんって、ホントにカワイソウだと思うんです。

そもそも、なぜ浅野内匠頭吉良上野介に斬りつけたんでしょうか?
昔から、その原因や理由については、いろいろ考証されて来ました。
賄賂が少なかったとか、塩田の件での確執だとか……
あるいは、内匠頭の奥方に吉良が懸想したとか、美少年の小姓をよこせと言って断られたなんていうバカバカしいものまで……
でも、本当の所は、結局当事者の2人にしか分かりません。

ケンカだったんだろうか?
だとしたら、そりゃ内匠頭だけを処罰したのは片手落ちでしょう。
でも、仮にも武士なんだから、短刀で斬りつけるなんていう中途半端な攻撃では相手を殺せないことくらい内匠頭にも分かってたはずだと思うんです。正気ならね……
とすれば、やはり乱心?
少なくとも、まともな精神状態ではなかったんでしょう。そうでなければ、かなりお粗末ですよ。

一番の被害者は、赤穂浅野家の家臣たちでしょう。
バカな殿様のせいで、いきなり職を失ってしまうのですから。
このままじゃ、自分たちがあまりにミジメ。
せめて相手方の吉良を徹底的に悪者にして、怒りをぶつけるくらいしか気持ちをあさめる方法がなかったんじゃないでしょうか。
その辺りのことは、池宮彰一郎『四十七人の刺客』で実に上手く描いています。
だとしたら……、本当に一番被害をくらったのは、吉良上野介であり、その家臣たちでしょう。

本作は、その吉良さんが、討ち入られる前夜、家臣の1人に刃傷事件に至る経緯をぼやくという内容の短編です。
ネタバレになってしまうので詳細は書きませんが、これがいかにもモットモラシイ内容なんですね。
「あぁ〜、そんなとこかもしれないな」って思っちゃう。
歴史上の大事件なんて、しょせんこの程度のことで起こっちゃうのかもしれません。

あぁ〜、それにしても、吉良さんってやっぱりカワイソウ。

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