『死因を辿る』(五島雄一郎・作)

  • 2019.06.16 Sunday
  • 21:16

あめ 22.0℃/12.3℃

 

 

作曲家たちは、どんな病気にかかり、どんな原因で死んで行ったのか……。

それを、彼らが残した作品とともに、その因果関係などを明らかにしていくのが本書の狙い。

 

作者の五島氏は、執筆当時大学病院の院長であり、動脈硬化の権威であったという。

 

 

本書では、バッハやベートーヴェンなど40人もの作曲家たちの健康状態について、その作品との関連をも合わせて述べられている。

 

まず思ったのは、心身ともに健康で、健全な人生を送った作曲家などほとんどいないということだ。

 

かろうじて、ハイドンドヴォルザークロッシーニがそうであったかと思われる。

本書には含まれていないが、リムスキー=コルサコフなどもそうした1人であっただろうか。

 

圧倒的に多いのは、鬱症状をもった作曲家である。

シベリウスハイドンベートーヴェンショパンヨハン・シュトラウスヴェルディベルクグリーグフォーレがそうだし、

チャイコフスキーシューマンベルリオーズに至っては、そのあげくに自殺未遂まで起こしているというのも興味深い。

 

更にシューベルトメンデルゾーンリストレーガーファリャなど躁鬱病の作曲家も含めれば、

真因的な病いをもった作曲家がいかに多いかに驚かされる。

ただし、彼らはみな、こうしたとかとという心の状態の中で名曲を残しているのであって、音楽家としては必ずしもマイナス要因ではないのかもしれない。

 

結局、作曲家とにしろ、あるいは作家や画家もそうだと思うが、創作活動をする人間というのは内向的な人物が多く、

あるいは自分との対話を常にしているからこそ、にもなってしまうのかもしれない。

 

 

奇人変人も多い。

ベルリオーズなどはその最たるものだろうし、モーツァルトブラームスベートーヴェンも十分に奇人の仲間入りが出来るだろう。

また、ドビュッシー(不倫)やブルックナー(ロリコン)といった女性関係にいびつさをもった人物も多い。

 

 

音楽室の壁にかかった肖像画を見たり、完成された音楽を聴いたりしていると、

みんな非のうちどころのない立派な人たちに見えるけれど、

ちょっと視点を変えて、その健康状態から私生活をのぞいてみたり、女性関係、家族関係を見てみると、

意外に「みんな普通の人間なんだなぁ〜」と気付かされて、親しみもわいてくるのがおもしろい。

 

電車で偶然隣の席に座っていそうな、普通のオジサンたちばかりのような気がして、

そう思いながら改めて曲を聴くと、また違った印象を受けるから、不思議なものだ。

『宿敵』(遠藤周作・作)

  • 2019.05.08 Wednesday
  • 21:35

あめ 11.9℃/-0.6℃

 

 

いわゆる「戦国武将」の中で、小西行長ほどよく分からない人はいないと思う。

 

堺の商人の出身で、

肥後半国宇土城主になり、

朝鮮出兵で活躍し、

関ヶ原の戦いで負けたキリシタン大名

 

肖像画も残っていないので、どんな風貌をしていたのかも不明。

 

どうやら戦はあまり得意ではなかったような……

 

関ヶ原の戦いでも、石田三成大谷吉継宇喜多秀家の奮戦についてはよく描かれるのに、

小西行長については、いったいどんな戦い方をしたのか、

そもそもどの部隊を相手に戦っていたのか、それすらハッキリしない。

 

そんな人物を主人公にして小説を書くなんて!

 

だから、奥さんも架空の人物になっちゃってる。

しかも、豊臣秀吉加藤清正を殺してしまうという過激さ!

 

物語は、小西行長加藤清正との確執を全面に押し出して描かれている。

たしかにこの2人、まるで水と油のように相容れないよな。

そういう視点から見ると、小西行長という人の一面が見えて来るような気はする。

 

また、豊臣秀吉に対する屈折した感情も面白い。

自分を取り立てて大名にまでしてくれたのだけど、

キリシタンであるが故に、使われるだけ使われて抹殺されるのではないかという不安。

こういうのって、今の社会でもまま見られる関係かもしれない。

 

(宇土城趾にて。行長さんの銅像の前で)

 

さて、我が家のご先祖様(天草久種)は、小西行長の寄騎大名でした。

だから、一緒に朝鮮にも行っているし、関ヶ原でも戦って負けてしまいました。

そんなこともあって、ちょっと興味のある武将だったりして、小西行長の小説もこれで3冊目です。

一番、読みやすかったかなぁ〜。

文禄の役の様子が詳しく描かれていておもしろかったです。

『劉邦』(宮城谷昌光・作)

  • 2019.03.26 Tuesday
  • 21:44

あめ 7.0℃/-4.2℃

 

 

宮城谷さんの小説は、悪くいえば頭デッカチというか、とにかく序章が長い。

 

この物語も、劉邦が亭長をしていた頃の話が詳しく描かれ、

その後、沼沢に潜んでいた時代のことも細かく描かれ、

通常メインとなるであろう楚漢戦争のことは、最後の最後に急ピッチで語られている。

 

とにかく、主人公である劉邦にスポットが当てられていて、周りの人物のことには軽く触れるだけ。

だから、張良樊噲盧綰夏侯嬰については多少触れられているものの、

本来大活躍する韓信も、背水の陣こそ少し触れられているが、

他の合戦シーンや、その人柄についてもほとんど触れられていない。

 

驚いたことに、項羽についてですら……

 

それでもおもしろく読み進められたのは、歴史として、あるいは物語としての知識があったからで、

もし、司馬遼太郎の「項羽と劉邦」や、たとえ横山光輝のマンガでも読んでいればともかく、

まったくの素でこの小説を読んだとしたら、どこまで物語を理解できるだろう?

 

 

『新・平家物語』(吉川英治・作)

  • 2019.03.04 Monday
  • 21:46

おてんき 2.9℃/-2.2℃

 

 

いやぁ〜、長かった。

昨年の秋、10月頃から読み始めて、昨日、やっと読了した。

 

ちなみに、今回読んだのは講談社刊の「吉川英治歴史時代文庫」(全16巻)である。

 

 

 

平清盛の青年時代から始まった物語は、

やがて保元・平治の乱を経て平家の全盛期を迎え、

やがて清盛の死とともに源頼朝が台頭してきて平家は衰退の一途をたどる。

このあたりから、主役は源義経へと受け継がれ、

一の谷の戦い屋島の戦い、そして壇ノ浦の戦いで平家は滅び、

やがては、滅ぼした側の義経も、兄頼朝との確執の果てに奥州衣川で自刃する。

 

その間……

一度は都を占領した木曾義仲も滅び、

源平の対立を裏で操った後白河法皇も亡くなり……

 

物語の初めから終わりまで生きていた人物は、

長命だった西行文覚も終盤には亡くなっているので、

架空の人物である阿部麻鳥を除けば、あるいは法然だけかもしれない。

 

それほどに長い年月(1135年頃〜1200年頃)を描いたこの小説。

古くから読み継がれて来た「平家物語」を土台に、

「源平盛衰記」や「義経記」「吾妻鏡」などのエピソードも織り交ぜて描かれているわけだが……

 

 

残念だったのは、重要なエピソードの多くが織り込まれていなかったこと。

 

例えば、義経弁慶が出会う「京の五条の橋の上〜」のエピソードがない。

源義朝が、知多野間で長田忠致に忙殺された時の「我れに木太刀の一本なりともあれば」というエピソードもなければ、

藤原信頼「日本一の不覚人」と怒鳴ることもなく、

平知盛が入水する時にも、「見るべきものは全て見つ……」とも言わず……

 

なんだか、歴史オタクの期待をいいところでかわしてほくそ笑んでいるような、

なんとも消化不良な感じがしないでもない。

 

 

それでも、ストーリーテラー的存在である阿部麻鳥に、

要所々々で庶民や読者の気持ちを代弁するような行動をとらせることで、

権力者の無力さを浮き彫りにし、彼らへの社会的批判を浮き彫りにしているのはおもしろい。

 

 

長い物語なので印象は雑多になるが……

 

権力を持ちつつも、どこか庶民的で人間臭い平清盛

天才的な才能をもちつつ、心に弱いやさしい部分を多く持ったがために自らを滅ぼしてしまった源義経

超エリートで天才的頭脳を持ったがために周囲から疎まれて滅んだ藤原頼長

目的のためには親族の犠牲も顧みない、冷徹とも言える新年を貫いた源頼朝

田舎者らしい一徹さをもった好漢なのに、自ら得た権力のために自滅した木曾義仲……

 

いかに栄華を誇っても、おごれる人も久しからず

権力や財物をにぎっても、そんなものは只春の夜の夢のごとし

結局は、人生なんて風の前の塵に同じ

 

なんか、虚しくなって来た……

『未来の想い出』(藤子・F・不二雄 作)

  • 2018.06.18 Monday
  • 23:59

くもり 19.9℃/10.2℃

 

 

もう一度、人生をやり直したい……、と思ったことはありませんか?

 

  

 

藤子Fさんの最後の作品となったこのマンガは、今は絶版になっているんだとか……

なんか、とてもモッタイナイ気がする。

 

 

物語は……

今はすっかり落ちぶれてしまった中年の漫画家が主人公。

過去には大ヒット作品を発表して栄光をつかんだこともあったり、

好意を寄せていた女性とも不幸な死に別れをしたり……

しかし、ある時、ひょんなことから自分は同じ人生を何度も繰り返し行きていることに気付き、

そのカラクリを逆手に取って人生をやり直そうという……

 

本作の中でも主人公が言っているように、

「ファウスト以来、手あかのついた題材」なのだが、

これもまた本作の中で述べられているように、

「光の当てようで新しく装える」もののようで……
納戸理人(何度もリピート?)の場合は、
恋人だった新人女優の不幸な死を回避して、結婚しようというのが人生やり直しの最大の目的。
同時に、漫画家としての成功(一発屋ではない!)も考えていたようだが……
さて、あなただったらどうしますか?
まず、どのタイミングからやり直す?
まさか、生まれた時から、というのはちょっと無駄が多いような気がしますね。
小学生?
中学生?
あるいは就職の時期とか……
いずれにしても今の記憶は持ったままということは、絶対条件として挙げられるでしょう。
何も覚えていなければ、また同じ人生を歩むのは目に見えてますからね。
ボクなら、せめて中学校入学と同時期にピアノを始めたい
ただそれだけのことで、その後の人生は大きく変わったと思うから。
どう変わったかは分からないけど……
音楽大学を目指してたかな?
それで、プロの音楽家になれたのだろうか?
結局、音楽の先生になってたりして……
それじゃ、あんまりオモシロクナイ。
でも、そこが自分のターニングポイントだったのは確かなわけで、
もし……
なんて思って、いろいろ妄想したりするのはおもしろいかも。
そんな、自分の人生を重ね合わせたりしながら読むと、
マンガとはいえ、しても考えさせられる作品だと思うのです。
「ドラえもん」や「パーマン」もいいけど、
藤子Fさんの、SF(少し・不思議)な作品が大好きなんです。

『羊と鋼の森』(宮下奈都・作)

  • 2018.06.13 Wednesday
  • 19:28

あめ 13.4℃/5.3℃

 

 

最近映画化されて、話題になっている作品。

 

 

物語は、たんたんと進む。

 

新人のピアノ調律師の青年が、周りの人々との関わりの中で成長して行く話なのだが、

特に大きな事件が起こるわけでもなく、ドラマティックな展開もない。

 

それはちょうど、ピアノの調律をしているような……

少しずつ少しずつ、何かが変わって行く。

 

 

主人公の外村という青年には、名前さえ出て来ない。

容姿に関する記述もない。

だからこそ、いっそう読者のイマジネーションがふくらむ。

自分好みの青年を描けば良いのだから……

 

でも、やはり映画のせいもあるのだろう。

どうしても、山崎賢人になってしまう。

他の登場人物も、鈴木亮平だったり、三浦友和だったり、上白石姉妹だったり……

だから、本当は映像化される前に読みたかったのに……

 

 

たんたんとしたストーリー運びなのに、なぜかとても魅きつけられるのは、言葉の美しさのせいだろうか。

舞台が北海道だということも、イメージしやすいのかもしれない。

作家は、新得町で数年間過ごしたそうだから、あるいはその辺りの風景をイメージして書いたのだろうか。

ちなみに、映画の撮影は、旭川や美瑛でも行なわれていたようである。

そういえば、山崎賢人が映画の撮影に来ているという目撃情報が、かつて飛び交っていた時期があったな。

 

 

美しいのは言葉だけではない。

物語の中の人間関係がとても美しい。

 

まだ未熟な、調律師としてだけではなく、人間としても未熟な若い青年を、

楽器店の先輩調律師や受付の女性、社長たちが、とても温かく見守り、励ましている。

外村青年も、そうした人々の援助や叱咤激励を、素直に受け入れ、成長して行く。

 

こうした光景は、なにも調律師の世界だけではなく、

学校を出て社会人となった人ならみんな経験することなのかもしれない。

 

かつて自分も、

先生になりたての頃、先輩教師や、あるいは保護者の方々から、いろんなことを教えていただいた。

また、吹奏楽部の指導者としても、知多吹連の先輩の先生方に、本当に良くしていただいた。

 

そんな自分が若かった頃のことを思い出しながら、

ほのぼのと温かい気持ちになって読み進めることが出来た。

 

 

『義経』(司馬遼太郎・作)

  • 2018.06.11 Monday
  • 23:59

くもり 20.0℃/3.7℃

 

 

司馬遼太郎は、軍事的天才が好きなんだろうなと思う。

『花神』の大村益次郎や、『項羽と劉邦』の韓信、そしてこの源義経も。

 

人間が持ちうる才能としては、最も希有なものとして、司馬氏はこの戦術的天才を挙げている。

そして、こういう特殊な才能を持って産まれた人物というのは、

得てして他の何か大切なものを置き忘れて産まれて来るようで、

人間社会での軋轢に巻き込まれたり、誤解をうけたりして、多くは非業の死を遂げている。

 

 

そうした中でも、義経はかなり極端な礼だろう。

 

戦術、それも「平家を滅ぼす」という一点以外の物事に関しては、もはや痴呆といか言いようがないくらいに甘い。

その結果、兄である源頼朝の反感を買い、結局は殺されてしまうのだが、

これとて、反抗して頼朝と決戦しようと思えば出来たかもしれないのに、

まるで自らが望んでそうしたように、滅亡への道を進んで行く。

 

こうした義経の内面を、いろいろな事例を挙げて丹念に描き、

けして共感は出来ないけれど、義経という人物に対して、憐れみとか、同情のような感情を持たざるを得ない。

 

また、

対する平家もていねいに描かれている。

中でも、薩摩守忠度の富士川へ赴く前の様子や、

新中納言知盛の、壇ノ浦での様子は、読んでいてむしろ平家への憐憫の情を押さえかねる。

 

 

なのに!

 

この尻切れとんぼのような結末はどうしたことか!

 

壇ノ浦で平家を滅ぼした後、頼朝との確執、いよいよ平泉への逃避行……

という手前で完結。

 

義経は、諸国の山河にかくれ、隠れては奔り、転々としつつ、朝廷と鎌倉から追跡され、ついに奥州の平泉まで逃げ、追いつめられ、最後に衣川の持仏堂に逃げ入り、自害した。

 

文庫本にして、あと一冊は書けるであろう内容をねたった2行でまとめてしまったのはなぜか?!

 

一説には、司馬氏が執筆への興味や情熱を失ったためだとも云われるが、本当にそうなのか?

 

あるいは、源義経という人物の一生において、今日を落ちた後のことは余計だったのではないか。

平家の最期は、壇ノ浦の合戦においても、その前においても、それなりに美しく絵になるが、

義経の最期は、あまりに悲惨で、兄や鎌倉との確執もけして美しくはなく、むしろ描かない方が良いと判断したのだろうか。

 

 

源義経は、ただひとつ、平家を滅ぼすためだけに、天が地上にもたらしたのではないのか……

 

 

この作品を読むことで、

特異な才能を持った人物の悲哀を感じつつ、

人間社会に生きることの難しさについて、改めて考えさせられた。

 

『北条政子』(永井路子・作)

  • 2018.02.18 Sunday
  • 21:50

おてんき -7.6℃/-22.2℃

 

 

 

鎌倉幕府を開いた源頼朝の奥さん、北条政子

 

歴史の部隊に出て来るのは、承久の乱の時の大演説くらいで、

どんな奥さんだったのか、

どんな母親だったのか、

そして、どんな女性だったのか……

かなり謎に包まれた人なのだが、

そこは謎の女性を書かせたら日本一(?)の永井路子さん、

「あぁ〜、こんな人だったのかなぁ〜」って、思わせちゃうからすごいよね。

 

 

本文は、徹底して政子目線で描かれています。

だから、重大な歴史の節目に当たるような事件や合戦も、

いわゆる「ナレーションによる説明」程度で軽く流されています。

石橋山の合戦も、富士川の合戦も、

源平の合戦の中でも有名な、屋島も壇ノ浦も、

衣川での源義経の自刃も、

さらには、長男で二代将軍である源頼家の斬殺ですら、いわゆるナレ死!

 

一方、長女の大姫や次女の三幡の死については、

思わず涙が出て来そうなくらい、悲しく切ない描写がされています。

 

そして、承久の乱に至っては、まったく触れられていないという……

 

それは、たとえ歴史上に有名な人物であっても、

身ぐるみ剥がしてしまえば、ただの「おんな」に過ぎないのだというメッセージなのかもしれない。

「尼御台」などと呼ばれて尊崇されていても、しょせん悲しい母でしかないということなのかもしれない。

 

 

この小説は、昭和54年(1979年)放送の大河ドラマ「草燃える」の原作です。

ドラマでは、政子を岩下志麻さんが好演されて、そのイメージが強すぎるのだけれど、

この小説を読む限り、もっと違ったキャスティングもありなのかな、と思われます。

 

話は少し飛びますが、

この「草燃える」の後、女性を主人公にした大河ドラマが度々放映されています。

「おんな太閤記」(北政所ねね)、「春の波濤」(川上貞奴)、「春日局」、「花の乱」(日野富子)……

そして、「江」以来、隔年で主人公が男女男女男女男女男女男女……

 

別に、女性が主役ではダメだというのではない。

でも、描き方が……

 

この「草燃える」の場合、小説では合戦シーンなど皆無だったけれど、

ドラマでは、きちんと全部描かれていたのです。

目線は政子でも、その周囲の出来事も、ていねいに描かれていて、

見ている方も、歴史的背景を理解する一助になったし、

何より展開にメリハリがあっておもしろかった。

 

ところが、最近の大河ドラマは……

予算がないのか、

主人公に関係がないから……

直接関わっていないから……

昨年の「おんな城主直虎」にしても、せっかくいい役者を使っているのに、桶狭間の戦いも本能寺の変もない。

その前の「花燃ゆ」にしても、四境戦争や寺田屋事件などの描き方が……

 

 

 

 

話がそれました……

 

この作品、一番印象的なのは源実朝の章。

彼の生き方は、葉はである政子の負の遺産を全てひとりで背負って散って行くようで……

切な過ぎます。

『おれは一万石』(千野隆司・作)

  • 2017.12.29 Friday
  • 21:05

くもり -0.9℃/-10.5℃

 

 

一俵でも禄高が減れば旗本に格下げになる、ぎりぎり一万石の大名家に婿として入った十七歳の若者が、
失敗を繰り返しながらも奮闘し、家臣や領民と徐々に心を繋げて藩政を立て直してゆく。待望の新シリーズ!

 

 

たまには新しい小説に手を広げてみようと手にした文庫本には、上記のようなセールス文句があった。

 

歴史物が、それもほのぼのとした話が読みたかったので読み始めてみたら……

 

これ、ミステリーじゃん!

 

実は、推理小説やミステリーは一番苦手な分野だ。

特に、殺人事件が起こって、そのトリックや犯人を探し当てて行くという話は本当にニガテ。

だから、例外的に東野圭吾の殺人ミステリー以外の作品(「分身」とか「秘密」「ナミヤ雑貨店の奇蹟」等)や、

畠中恵の「まんまこと」シリーズは読むものの、

まずその分野に手を出すことはないのに……

 

でも、とりあえず読み始めてしまったし、

それに、幸いにも犯人探しのミステリーではないので、がんばって読了しました。

 

 

 

おもしろいのは、

主人公の井上正紀をはじめ、登場人物の多くが歴史上存在する人々であり、

藩主になる高岡藩も実在する藩だということ。

ただし、それは設定上のことだけであり、その先は、かなり自由に活動させている。

 

主役の井上正紀が、大名の若君で剣の達人というのも、時代劇の設定としてはテッパンと言っていいだろう。

また、家中に派閥があって、その一派から快く思われていなくて……、というのもオキマリのパターン。

 

当時の世相や、河川輸送の様子など、おそらくかなり調べて書いたのであろう。

江戸時代の人々の生活の様子が、生き生きと描かれていておもしろい。

 

ただ、何かしら暗い印象をもってしまうのは……

ひょっとしたら夫婦仲の悪さが影響しているのかもしれない。

 

望んで婿入りしたわけではない上に、2つ年上の姉さん女房。

どこか自分を見下しているという設定は、主人公に感情移入するにつれ、気持ちが重くなってくる。

安らぐ場所がないからかもしれない。

 

家来に快く思わない者がいたとしても、

親戚連中から疎外されたりしたとしても、

奥さんが自分を信じてしっかりと支えてくれれば、そこで心の平安が保てるのに……

 

話が進むにつれて、少しずつ歩み寄っているようにも感じられるが、

読み終わった後の爽快感がない(事件は解決して、家中にも認められて来ているのに)のは、ちょっと残念。

 

とりあえず、合わせて買った第2巻の「塩の道」をただいま読んでいる最中だが、

そのあたり……

どうなるのやら……

『菜の花の沖』(司馬遼太郎・作)

  • 2017.12.23 Saturday
  • 22:13

くもり 2.0℃/-6.2℃

 

 

司馬さんの作品は、10代の頃から読み始めて、今ではほとんどの小説を読んでいるけれど、

この「菜の花の沖」は、手つかずだった。

それは、主人公が高田屋嘉兵衛という、歴史的にはあまりパッとしない人物だったことによるのかもしれない。

 

さて、話は嘉兵衛の少年期から始まる。

郷里の淡路島での悲惨な(村八分にまでされた)境遇から、兵庫に出て船持ちになるまでの波瀾万丈な青年期。

そこでは才覚や人徳といったことを超えた、何やら人知では伺い知れない嘉兵衛の魅力の一端を見ることが出来る。

ちょっとだらだらうだうだとして話がなかなか進まないことにイライラする感じもするけれど、

この次期の嘉兵衛を知ることによって、後の対ロシア交渉の成功の理由が分かるような気がする。

 

しかし……

なかなか話は進まない……

 

高田屋嘉兵衛といえば、日本史ではゴローニン事件の当事者として知られる。

ところが、文庫本(全6巻)の第3巻で、ようやく箱舘に進出したものの、

第5巻では当時のロシア事情について詳しく述べられるため、嘉兵衛のことはほとんど置き去りになっている。

なにしろ、ゴローニンリコルドという事件の当事者だけでなく、

レザノフ、ひと世代前の大黒屋光太夫エカテリーナ2世、そしてなんとピヨートル大帝まで登場するのだから。

しかし、この説明が、当時のロシアの状況や、やがて嘉兵衛に及ぼす影響、

そして今日まで続いている日露関係の問題点を考える上でとても重要なヒントになっているからおもしろい。

 

そして最終巻の第6巻で、ようやく嘉兵衛はロシア船に捕まり、カムチャッカへと連行される。

ここから、嘉兵衛の大活躍が始まるのだが、

言葉も通じないリコルドと熱い友情を得ることになる理由や、

その後、無事ゴローニンをロシアに帰し、自分も日本に帰国できたわけが、

前半生の長々とした描写で自然と腑に落ちる……

何か、精妙なマジックでも見せられたような不思議な感動を与えられた。

 

ロシア水夫と一緒になって、「ウラー、タイショウ!」と叫びたくなる。

 

 

この時代は、江戸時代最後の輝いた時代。

小説にも、田沼意次、松平定信といった幕閣の他に、

伊能忠敬、近藤重蔵、間宮林蔵……、キラ星のごとく人材が登場して来て物語を彩っている。

 

 

もしこの時、ロシアとの修好が始まっていたら……

あるいは幕末はまったく違った形になっていたのではないか。

そして、日本とロシアとの関係もまた、今とは違った形になっていただろう。

とりわけ北方領土問題などは、存在すらしなかったのではないだろうか?

読み終わってから、そんなことをしばらく考えてしまったりした。

 

もちろん、そこには英米仏による日本の植民地化の危惧や、

ソヴィエトからの社会主義の流入といった不安要素もあるのだが……。

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