【連載】あの頃… 18. パート決め

  • 2018.05.03 Thursday
  • 21:27

あめ 15.6℃/4.3℃

 

 

「フルトーが吹きたくて…」と言って、吹奏楽部に入って来る子は意外と多い。

他には、サックスやクラリネットも人気だった。

 

でも、そんな希望をすべて叶えてあげるわけにはいかない。

だって、吹奏楽というのはアンサンブルなわけで、そこに、楽器のバランスは大きな影響を及ぼすから。

 

中には、「フルートが吹けないんなら部活を変わります」と言った子すらいた。

そんな子には「だったら、今のうちに他の部活に移りなさい」と、早々に引導を渡した。

「ここは吹奏楽部であって、フルート部ではないのだから。」

 

こういう話は、なかなか他の先生には分かってもらえなかった。

「やりたい楽器をやらせてあげればいいじゃない」と言われる人も多かった。

親もまた然り。

「フルートを買いますから、やらせてやって下さい。」という親もいた。

でも考えて欲しい。

もし、野球部で全員ピッチャーをやりたいと言ったら、全員ピッチャーにするのか?

もし、サッカー部ででキーパー志望が1人もいなかったら、キーパーなしでチームを組むのか?

 

ただし、野球なら、たとえセカンドを守っていた子でも、努力すればサードや外野を守ることは可能だろう。

ところが、吹奏楽部の場合、トロンボーンをやっていた子がフルートに変わるとすれば、

それはほとんどゼロからのスタートに近いことになってしまう。

 

だから、吹奏楽部に入って、どの楽器を担当するのかはとても大きなことなのだ。

 

大げさにいえば、その子の人生を左右するかもしれない。

 

ボク自身、当初のパート割りのままトロンボーンを続けていたら……

あるいは第一志望だったサックスをやっていたら、

きっと、今とは違った人生を歩んでいたと思う。

あるいは、音楽高校に進学していただろうから。

チューバは、中高生が個人で所有するにはいろんな意味で重い楽器だったということが、高校進学での選択肢を狭めた大きな要因だった。

 

 

さて、

乙川中学校吹奏楽部卒業生諸君、

君たちははたして希望通りの楽器に決まっただろうか?

そして、今、その楽器を担当していたことをどのように思っているだろうか?

 

たとえ希望とは違った楽器になったとしても、

3年間その楽器を演奏することで、満足感や充足感を味わえたのなら、それは佳としよう。

でも、それが原因で、音楽を続けること自体なくなってしまったとしたら、やはりそれはかなり遺憾なことだと思う。

 

ただ、希望とはまったく違う楽器に決まった子は、ほとんどいなかったと思う。

なぜなら、希望は第5希望まで書かせたから。

 

フルート、オーボエ、ファゴット、クラリネット、サックス、

トランペット、ホルン、トロンボーン、ユーフォニウム、チューバ、

コントラバス、パーカッション

 

12しかないパートから、5つ選ぶことになれば、たいていは全てのパートの希望者を埋めることが出来る。

書いてしまった以上、「それは私が選んだんじゃない」とは言いにくいし、

気持ちの上でも、一応希望の楽器になったということで納得してしまうことが多い。

これは、楽器を決める上でとったマインド・コントロールの1つだ。

 

そして、全ての楽器を最低一度は体験するということもした。

これをすることで、楽器そのものの印象や魅力とは別の、そのパートの雰囲気を味わうことが出来る。

楽しく練習しているパートもあれば、妙に陰気な雰囲気のパートもある。

おもしろいことに、このパート体験をひと通り終えると、各楽器の希望者が大きく変わってしまうのだ。

ちなみに、例年、なぜかチューバやホルンに希望が動き、トランペットからは離れて行くことが多かった。

 

 

割り振り……

乙中の場合、年に20〜30人の新入部員がいたので、各パートにも複数の新入生を配置することが出来た。

これはラッキーだった。

たとえドロップアウト(退部・転部・転校など)する子が出たとしても、

その楽器を担当する子がいなくなってしまうというリスクはかなり減らせる。

一方で、オーボエやファゴット、コントラバスなど、1人しか配置出来ないパートには神経を使った。

 

まずは、各パート1人はリーダー格の子を配置する。

これには、小学校から送られて来た指導要録を活用させてもらった。

リーダー的な性格だけでなく、成績(特に国語と算数)や運動能力も参考にした。

ここで気を付けたいのは、小学校でリーダー的活動をしていた子の多くは、単に目立ちたがり屋なだけだったりすることが多いということ。

中学校では、こういうのはもう通用しない。たいていは浮いてしまう。

 

頭がいいか、

運動が出来るか、

勘がいいか、

器用か、

あるいは音楽の才能だけはあるか……

 

こりうち1つ飛び抜けていれば、たいていはものになる。

そして、こういう子が1人いれば、後の子たちを引っ張って行って、パート全体のレベルも上げることが出来る。

 

そう眼目を定めて、面接を何度か行なう。

 

楽器ごとの適性もある。

体つきは大きな要素だということは誰にでも分かるだろう。

大人ならほとんどの場合問題ないが、中学1年生ではこれが意外と大きい。

 

肺活量を云々する生徒や親も多くいた。

「うちの子は肺活量がないから小さな楽器の方が……」

始める前から大きな肺活量を持った子なんていない!

それに、上記の楽器の中で一番肺活量が必要な楽器はフルートだということは意外と知られていない。

口と楽器が離れているせいで、せっかく吹いた息のほとんどは楽器の外に漏れてしまうのだ。

 

楽器の重さについても……

おそらく、吹いている姿勢を考えると、一番不自然なのはフルートだろうし、

一番重く感じるのは左手だけで支えているトロンボーンではないだろうか。

あるいは、首から吊っているサックスも身体には負担が大きいかもしれない。

重そうなチューバやユーフォは、イスや膝に楽器を乗せられる分、運搬時は重くても吹いているときは楽器の重さはさほど感じることはない。

 

そんな話もしつつ面接を進め、

息のスピードを試すために吹き矢を使ったりホイッスルを吹かせたり、

歯並びが極端に悪い子は金管は避けたり、

ピアノ等をやっていて、絶対音感がある子は移調楽器(クラリネット、サックス、ホルン、トランペット)には慎重になった。

 

 

このパート決め、嫌いではなかったけれど、やはりかなり気を遣った。

 

気を遣った分、決まった後でゴチャゴチャ問題になるようなことはほとんどなかったが、

本人よりも親の方がメンドーで……

自分の娘が、優雅にフルートとかを吹いている絵を期待しているんだろうなぁ〜。

それが、例えばパーカスとかになったりすると、納得出来ないのか「楽器を買い与えますので」と異動を訴えられたことは数回あったな。

もちろん聞く耳持たず、そのうち何人かは転部して行ったっけ……

 

 

 

話が逸れた……

 

ともかく、1人リーダー格の子を配置したら、

個々の特性を考慮に入れながら、本人の希望を優先しつつ割り振る。

学校の楽器の数は決まっているし、バランスもある。

たいてい、6月の始めにやっとパート決定。

1ヶ月以上かけて悩みに悩んで割り振るのだ。

そして、7月20日頃のコンクールに1年生だけのバンドで出場。

たいていは銀賞だったけれど、一度だけ金賞ももらったっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、ここからは内緒の話。

最初に決めるパートは何だと思う?

 

まずはオーボエ候補。

2,3人の候補者を選んで、それぞれ別のパート(クラリネット、フルート、ペット等)に配置。

様子を見て、親にも話をした上で、夏休み頃にオーボエに異動させる。

 

続いて、しっかりした性格の子をコントラバス

そして、真面目で明るい子をチューバ

次は、音感があってコツコツ出来る子をティンパニ候補。

 

息のスピードの速い子をトランペットに。(高音に強そう)

 

ソロの吹けそうな性格の子を、サックスユーフォフルートに。

 

等々、決めて行って……

最後に、余った子たちはクラリネットに。

ゴメン。たくさんいるから、何とかなっちゃうだろうという……

いやいや、それだけじゃないんだけどね……

クラを吹いてた子たち、けしてきみが余り物だったというわけじゃないんだよぉ〜〜

【連載】あの頃… 《番外編》 卒業生と合奏会

  • 2013.12.07 Saturday
  • 23:59


まさに「夢のような」という形容が一番ふさわしい時間でした。
これまで、このブログで書いて来た「あの頃…」が、突然目の前に現出したのですから。

10年ぶりに会う子供たちは、当然のことながら立派な大人に成長していました。
しかし、その顔は、いくら化粧をほどこそうが、貫禄を身に付けようが、あの頃のままでした。
集まった40数人、1人の例外もなく、名前とニックネームまで一発で分かりました。

あの頃のままだったのは、顔かたちだけじゃない。
「机を動かすので……」「打楽器を運ぶので……」という幹事さんの声に、パッと反応してテキパキと動く姿……
指揮を見る真剣な眼差し……
そして音楽を奏でる時の笑顔……
何もかも、あの頃のままでした。

卒業以来、楽器を手にするのは10年ぶりだという子も多かった中での演奏は、お世辞にも上手いものではなかった。
でも、出て来るサウンドは、確かに在りし日の乙川中学校吹奏楽部のものでした。
生徒の年代は9世代に渡っていて、この日初めて顔を合わす者同士も多かったのに……
そこは、同じ音楽室で、代々受け継いで来た伝統の中で演奏をして来た者に通じる何かがあったのでしょう。

ブランクの長い子が多い即席のバンドでは、ドヴォルザークの交響曲第8番はちょっとシンドかったか?
でも、スウェアリンジェンの「センチュリア」は、もう少しちゃんと練習すれば、発表出来るレベルに持って行けたかもしれない。
そして、拙作であるマーチ「スタイリッシュ・ストリーム」は、全員が演奏したことのある曲なだけに思い入れもあるようで、作曲者としても、こうして再演してもらえるのは本当に嬉しかった。

懇親会と昼食会を2時間、そして合奏会が3時間という短い時間だったけど、
「先生をしていて良かった」
「音楽を続けて来て良かった」
そして、
「もう、いつ死んでもいいな……」
なんて、マジで思える時間でした。

最後に「トレジャリー・オブ・スケールズ」の19番を演奏し終わったとき、思わず泣きそうになりました。
たった1分しかない短いコラールの演奏時間中に、7年間の想い出が走馬灯のように駆け巡っちゃったんだもん。

こんなステキな時を一緒に過ごしてくれた参加者諸君、
会には参加出来なかったけど、かつて一緒に音楽を奏でてくれた生徒諸君、
それを支えて下さった先生方、保護者の皆様、地域の方々、
そして、こんなスバラシイ時間を与えてくれた幹事の皆さんに衷心より感謝したいと思います。

今日この日は、おそらく、ボクの人生の中での最高の1日だったと、心から思っています。

ありがとう♪



【当日演奏した曲目】
コラール集「トレジャリー・オブ・スケールズ」より、13番,19番 (スミス)
行進曲「スタイリッシュ・ストリーム」 (天草千晶)
行進曲「美中の美」 (J.P.スーザ)
「センチュリア」 (J.スウェアリンジェン)
「交響曲第8番 ト長調 作品88」より終楽章 (A.ドヴォルザーク)
「オーメンズ・オブ・ラブ」
「サウス・ランパート・ストリート・パレード」
「ブラジル」

♪当日の演奏の様子がYouTubeにアップされています。⇒ コチラ

【連載】あの頃… 17.「ウィズ・ハート・アンド・ヴォイス」

  • 2013.10.30 Wednesday
  • 20:19
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選曲ってのは難しいです。

当時、ボクの家には1,000枚ほどのCDがありました。その多くは吹奏楽のものでした。
当然、知ってる曲というのは、数千曲以上になると思われます。
しかし、その中で「やりたい」と思う曲ってのは、その半分以下。いや、さらにその半分以下かも。100曲くらいでしょうか?
その中でも、やれる曲ということになると、その半分くらい?
編成とか、難易度とか……、いろいろと要素はありますからね。50曲くらいかな。
そして、やるべき曲となるともう数曲にしぼられちゃうんですよ。
発表の場はコンクールなのか、コンサートなのか。あるいは、街角コンサートのようなポップな場なのか……。
生徒たちの得意不得意もあるわけだし。
ソロが吹ける子はどのパートなのか。
当然、強いパートもあれば、弱いパートもある。
もう、悩みまくります。
特に、それがコンクールの自由曲となると、その子たちの3年間の活動の集大成となるわけですから!

そうして、考えに考えて選曲して、2〜3曲くらい練習した年もあるけれど、ちょっとやったくらいでは、どの曲が最適なのかってのは、なかなか分からないんですよね。
まして、生徒たちに「どっちがいい?」なんて聞いたらかなりヤバイです。中学生なんて、自分の前にある楽譜しか見ていないし、メロディーだけ聞いて「この曲、いい曲だし」みたいな選曲をされたらオシマイです。
だから、最終的に生徒に問う時も、いわゆるメンタリズムは使いまくりました。
それでも、結果的に、「あぁ〜、今年は選曲でミスったな」なんて思った年も何度かはあります。やてみなくちゃ分からないってことは、どんな事でも同じなんでしょう。

さて、この年のコンクールの自由曲ですが……
当初はC.T.スミスの「フェスティバル・ヴァリエーションズ」で行く気まんまんでした。
チョー難曲ですが、この時の子たちなら、なんとかやっちゃうだろうと思ったわけです。
先走って、楽譜も買ってありました。てか、今でも持ってます(自腹でしたから♪)。

ところが、前年のコンクール全国大会のDVDを見て、「ウィズ・ハート・アンド・ヴォイス」に出逢ってしまったんですよ。
今思えば……、これが良かったのか悪かったのか?
同じ年に、東海市吹奏楽団も、この曲にするかどうかでかなり迷ってたみたいで、何度かメールのやり取りをしました。結局、東海市吹は別の曲にしたんですが……。

「ウィズ・ハート・アンド・ヴォイス」は、吹きやすいし、鳴りもいいし、ソロもオーボエやフルートなど、うちのバンドのソリスト的にはジャストフィットだったし……
ただし、とらえどころがなくて、作りにくい感じはしました。

練習は、前年の「ローマの祭」の時のように、「間に合うのか?」みたいな焦りは全然なかったです。むしろ、スイスイと進んでいってしまって、「ちょっと簡単すぎたか?」という疑問さえ途中では出てきました。

この年は、ソリストは充実していたし、個々の技量も過去最高だったと思います。
でも、全体のサウンドは、必ずしも最高とは言えない感じでした。
数年前(「春王」や「寄港地」の頃)のような透明感が感じられなかった。これは、結局バンドの老化現象なんだろうなと思ったりもしたのですが、どうなんだろう。練習がマンネリ化してきたことによる、ひとつの表れかもしれません。

一方、課題曲の「祈りの旅」は、選曲ミスですね。
とても良く出来てるいい曲なんですが、うちのバンドに合っていたかと言えば、答えはノーだったように思います。というか、一般的な中学生には難しすぎました。
バンドカラーからいけば、「鳥たちの神話」のが合っていたろうし、中学生的には「風之舞」のがふさわしかったでしょう。でも、コレもやってみなくちゃ分かりません。

結果は、知多地区大会は50点満点の1位で代表。
愛知県大会は、銀賞でした。
出演順が1番だったってのは、やはり影響が大きいです。おまけに、審査員の1人が開始時間を間違えて(主催者からの連絡ミスらしい)遅刻してきて、リハーサルが終わってからステージの袖で数十分待たされたことも影響がなかったとは言えません。満足出来る演奏だったかと言われれば、「はい」とは言えないかな……。

でも、中日コンクールの演奏は楽しかった。
毎年そうだけど、中日の時の方がいい演奏が出来るんですよ。「上の大会へ」みたいな変な力みがないんでしょうね。
この時はノーカットでやったんだけど、指揮をしていたボクが、珍しく(!)降り間違えました。てか、ドコやってんのか分かんなくなって見失った?!
毎回、暗譜しているので楽譜は見ないで指揮していたのですが、あまりにノリすぎてトリップしてたと言うか……(2小節後には復活しましたが)
気付いた生徒たちは苦笑いですよ。よくフォローしてくれました。ホント、いい子たちです。

この時の苦しいいいわけ……
「おまえたちの演奏があんまり良かったもんだから、音楽に酔っちゃって指揮を忘れちゃったじゃん。」
生徒たち、むしろ喜んでました。
今なら、はやりの土下座ものですな。


これが、乙川中学校での最後のコンクール。
やりたかった曲で、やれなかった曲はたくさんあります。
今、乙川中を去って、先生を辞めて、吹奏楽からはなれて、悔やまれるのは「あの曲もやっとけば良かった」っていう曲が何曲もあることかな……。

【連載】あの頃… 16.歌劇「サルタン皇帝の物語」より、三つの奇蹟

  • 2013.02.03 Sunday
  • 21:58
  -5.1℃/-9.2℃

突然ですが……

「一番好きな作曲家は?」と聞かれたら、
迷わずリムスキー=コルサコフだと答えます。

そして、「一番好きな曲は?」と聞かれたら、
これまた、迷わず歌劇「サルタン皇帝の物語」から三つの奇蹟だと答えるでしょう。

こんなマイナーな曲、知ってる人の方が少ないでしょうね。
CDも、そんなにたくさん出ているわけではありません。
でも、探せるだけ探して、これだけ持ってます。(以下、オーケストラ版のみ)
 フィルハーモニア管弦楽団(指揮:ウラディーミル・アシュケナージ)
 スコッティッシュ・ナショナル管弦楽団(指揮:ネーメ・ヤルヴィ)
 シカゴ交響楽団(指揮:ダニエル・バレンボエム)
 フィルハーモニア管弦楽団(指揮:エンリケ・バティス)
 シアトル交響楽団(指揮:ジェラード・シュワルツ)
 スイス・ロマンド管弦楽団(指揮:エルネスト・アンセルメ)
 ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団(指揮:デビッド・ジンマン)
 アルメニア・フィルハーモニー管弦楽団(指揮:ロリス・チェグナヴォリアン)
 オーデンセ交響楽団(指揮:エドワード・セロフ)
 ロシア国立交響楽団(指揮:エフゲニー・スヴェトラーノフ)
 マレーシア・フィルハーモニー管弦楽団(指揮:キース・バケルス)
自慢半分ですが、それだけ好きだって事なんですよ。

それでも、ここまで演って来なかったというのは、
結局、「好きな曲を演奏する」って言うわけにはなかなかいかないということの表れでもあるわけです。

この曲を演奏したのは、第6回スプリングコンサート(2004年3月30日)です。

実は……
このコンサートの2ヶ月前のアンサンブルコンテストで演奏した木管五重奏は白眉でした。
「ミュル・ミュール」という曲を演奏したのですが、
フルート・オーボエ・クラリネット・バスーン・ホルンが、それぞれ十分過ぎるくらいヴィルトゥオーソだったんです。
この子たちなら、「サルタン皇帝」の白鳥への変身の場面も、美しく演奏してくれるんじゃないか。
そんな気にさせてくれる見事なアンサンブルでした。

そして、トランペットは相変わらずタフで、
ファンファーレの連発も、きっちりこなしてくれるんじゃないだろうか。
そんな気にさせられちゃったんです。

いやいや、それだけじゃない。
この時のメンバーは、個人個人のレベルとしては、歴代最高でした。
チューバやコントラバスは低音をしっかりと支えてくれてたし、トロンボーンやホルンのハーモニーも美しかった。
低音の木管群だけでアンサンブルを組みたいくらいの充実ぶりだったし、フルートは誰でもソリストになれた。
パーカッションの表現力は、どこに出しても恥ずかしくなかった。

それらはもちろん、先輩たちが積み上げて来てくれた賜物なのですが、
「今なら出来るんじゃないか」って、ついつい思っちゃったんですよ。


さて……
結果はどうだっただろう?

生徒のウケは、あまり良くなかったようです。
曲が分かりにくかったのかな?

それに、練習時間が十分に取れなかった(冬季は下校時間が早いから仕方がないんだけど)こともあって、演奏じたいも、あまり良い感じではなかったです。

うん、選曲ミスですね。
かなり残念かも。

むしろ、この時のコンサートでは、「栄光のすべてに」やアンコールの「星条旗よ永遠なれ」の方がずっと出来は良かったな……。


でも、
これが最後の単独コンサート。
劇とかをなくしたこともあって、演奏のクオリティは上がったし……
楽しんで演奏することが出来ました。






それから数年後……

その時の生徒の1人が、大学に進学し入部したオーケストラで、この曲を選曲会議にかけてくれたというニュースが入りました。
結局、最終選考で落選してしまったようですが、彼女は、今でもこの曲が大好きなんですって♪

この話しを聞いたとき、なぜかむしょうに嬉しかったのを思い出しました。

【連載】あの頃… 15.映像の向こう側

  • 2012.11.28 Wednesday
  • 19:30
 0.4℃/-6.0℃

ふと思い立って……
昔のDVDを見ちゃいました。

「たなばた」
「プスタ」
「ウィズ・ハート・アンド・ヴォイス」
「ローマの祭」

みんな、若いねぇ〜。
当たり前か、中学生だもんね。

いやいや、ボクも…………、若いですよ♪
まだ30代前半だからね。

演奏はね……
もちろん、いろんな想いがあるんだけど……

一人一人の顔を見ていると……
その向こう側にある、たくさんの想い出が、あふれ出て来るんですよ。

ボクは、どうでもいいことはかなり覚えている方で……
その分、大事なことは忘れちゃうんだけど……。

「朝練で先生が怒った後の朝のSTは、本当にイヤだった。」
ボクのクラスの子は、みんな同じ思いだったろうね。
そういえば、教室に入ると、いつもは笑顔でニコニコとこっち向いてるのに、
そんな日は、下を向いてたりしたよなぁ〜。

「恋愛に歳の差なんて関係ないですよ。ね、先生。」
13歳の子に、そんなこと言われてもねぇ〜。

クラリネットに着いてた金色のリガチャーが目に入ったら、
それを一緒に買いに行った時のこととが思い出したり……。

「先生に『歌い過ぎだ』って言われて、ヨッシャ!って思った」
なんて言ってたホルン吹きさん。

トランペットの子たちって、みんな構えが個性的で、遠くから見てもすぐ誰だか分かっちゃうよね。

「男子が吹奏楽とかやるの、おかしくないですか?」って言われて……
「じゃ、オレはどうなるんだよ?」
「あ、そっか。」
これで入部しちゃった子もいたよね。

本番前、最前列でいつも笑顔だった子
君の笑顔を見たら、オレも自然に笑顔になったよ。


みんな、どうしてるんだろう?

……とか言いつつ、Facebookやmixiでつながってたりするんだけどね。

昔の映像を見ると、
「あの頃に戻りたい」
とまで、感傷的にはならないけど……
「あの頃は良かったなぁ〜」なんて、懐かしく想い出したりはしますね。
それは、ステージの上での演奏だけではなくて、
その向こう側にある、数えきれないたくさんのシーンがそうさせてくれるんだと思います。

【連載】あの頃… 《番外編》コンクール間近?

  • 2010.06.26 Saturday
  • 19:56

おてんき 33.2℃/15.7℃


愛知県吹奏楽コンクール知多地区大会のプログラムがアップされていました。
もうそんな季節なんですねぇ〜。

毎年、この時期にプログラムを見ると、「自分ならどんな曲をやるかな」なんて考えちゃいます。

今年の課題曲はオモシロイ!
あの頃の乙川中
なら、迷わずIII「うちなーのてぃだ」をやったでしょうね。
堀嵜や坂口にドラムを叩かせたら、ノリノリだったろうなぁ〜。
もよのクールなドラムも好きだったけど……。
「ポップスをかっこ良く演奏できるバンド」がコンセプトだったんですよ。
マーチは「個性的に」って感じでした。
今でも、一番頭に残っているのは「イギリス民謡による行進曲」なんです。

自由曲もね……
中学生の頃から吹奏楽オタクだったからやりたい曲はたくさんあって……
だから、やり残した曲もたくさんあるんですよ。
今だから言うけど……
大府に移った年、あのまま乙川に残っていたら、「ミシシッピ組曲」(グローフェ)「舞踏組曲」(バルトーク)をやるつもりでした。クラリネット・バスーン・トランペット・ホルンが強力でしたからね。
その翌年は「祈りとトッカータ」(バーンズ)とか……。あのユーフォとオーボエがいれぱ最強でしょう。

ま、そんなことを無責任に妄想できるのも、お気楽な今の境遇になったからでしょうね。
あの頃は必死だったから……



ちょっと酔っぱらい気味で、ついつい無意味なこと書いちゃいましたが……
知多地区の皆さん、コンクールではステキな演奏が出来るよう、お祈りしています。

【連載】あの頃… 14.ロングトーン

  • 2009.05.05 Tuesday
  • 20:00
最近、立て続けに卒業生からメールやお手紙をいくつかいただきまして……
そのうちの3人が、「今だから言うけど、ロングトーンは嫌いでした」なんて書いてました。

ボクも嫌いでしたよ!

だって退屈なんだもん……。


吹いてる方はもちろんだけど、それを指揮台で聴いてるのもけっこうツライもんでした。
なにしろ、休日や夏休みの練習だと、2時間以上ロングトーンしてましたからね。
Bb-dur(変ロ長調)から始まって、Eb-dur(変ホ長調)、Ab-dur(変イ長調)、Db-dur(変二長調)、D-dur(二長調)、G-dur(ト長調)、C-dur(ハ長調)、F-dur(へ長調)……。
それも、8拍、12拍、16泊、時には20拍……
それが終わったら「トレジャリー・オブ・スケール」でハーモニーの練習。
なんか、ずっと音をを伸ばしてましたね。

でも、このロングトーン乙中サウンドを作っていたんです!
生徒だけでも出来る練習だけど、出来るだけ、ボクも一緒に聴いているようにしてました。
気を抜いてやっていると、せっかくの練習が本当に退屈なだけのものになっちゃいますからね。
ある程度の緊張感は必要でしょう……。


ある程度の……

伸ばしている最中に……
音が合ってなかったりすると
「クラ!」とか「ペット!!」とか叫んでましたね。
子どもたちはビクビクもんだったでしょうね。

ははん ヾ(´∀`)ノ

でも、「トレジャリー・オブ・スケール」コラールは楽しかったみたい。
よくやっていたものは、今でも覚えていて、当時の仲間が集まると歌ってみたりするんだそうです。
個人的には、19番が好きだったなぁ〜〜

【連載】あの頃… 13.「ヘイヴン・ダンス」

  • 2008.12.13 Saturday
  • 23:16

雪 0.2℃/-10.4℃


お盆休み前、夏のコンクールが終わると世代交替です。
それまでバンドの「音」を支えていた3年生が引退し、
ほぼ同数の、まだ楽器を始めたばかりの1年生がバンドに加わる。
当然、「音」は悪くなります。
でも、その「音」がほとんど変わらなかった年が2度あるんです。
一度は、「海の男達の歌」の後……
そして、もう一度がこの「ローマの祭」の後なんです。

この新しいバンドが最初に上がるステージが、CBC子ども音楽コンクールでした。
当然、選曲にはかなり気を使いました。
 分かりやすい曲であること、
 吹きやすい曲であること、
 音域やパッセージに無理がないこと、
 サウンドを作りやすい曲であること、
 もちろん、聴き映えのする曲であること。
「アイーダグレンの伝説」も「たなばた」も、「ホープタウンの休日」「ノスタルジック・ラプソディ」「セドナ」……
そして、この年に選んだのが「ヘイヴン・ダンス」なのです。
作曲はD.ホルジンガー。「春になって、王達が戦いに出づるに及んで」の作曲者です。
ホルジンガーの曲は、とにかく鳴りが良い。
その独特なリズムやメロディが大好きで、この後「エイブラムズ・パーシュート」なんかも演奏しています。
先にも書いたように、この時は前年までのサウンドを崩すことなく継承することに成功していました。
その理由は……
引退した3年生が20人程であったのに対して、次に主力となる2年生が30人以上いたことも大きいでしょうが、
やはり、この時の2年生の子たちの気持ちが大きかったんだと思います。
「寄港地」での地区落ちを1年生で経験して、翌年、大曲「ローマの祭」に取り組んで……
「先輩に頼ってばかりじゃいけないんだ」っていう雰囲気が、なんとなく学年全体を包んでいました。
そういう強い思いが、「音」にも表れてきたんだと思います。

CBCコンクールは優秀賞
3年ぶりの受賞です。

この時の演奏が、「もう一年、乙川中にいようかな…」と思わせてくれました。
ま、この年、2年生の担任をしていたという事情もあるけれど、
「この子たちと一緒に、もっと音楽を奏でていきたいな」と思わせてもらったから……。

「ヘイヴン・ダンス」は、この後、市の音楽会やスプリングコンサートでも再演しました。
その度に、このバンドの上達ぶりがよく分かって楽しかった。
そう、楽しかったんです。演奏も、練習も、日常も……。
でも……
だんだん、バンドが自分の手を離れて、独り歩きしていっているような感じが、だんだん強くなってきていたのも事実なんです。
とにかく、「あと一年…」と思いながら…………

【連載】あの頃… 12.「ローマの祭」

  • 2008.10.12 Sunday
  • 22:27

曇り 14.9℃/6.0℃


前回の「あの頃」を書いたのは5月……、しばらく間があいてしまったのは…………
実は……、この曲の頃のことって、あまり記憶にないんですよ。

部活はともかく、この年に担任したクラスは大変でした。全体的には、落ち着いてて雰囲気の良いクラスだったんだけど、担任としては、次々とおこる小さな事件に翻弄させられて、しかも個性的な親が数名……。マジ疲れてました。
この頃からですね、「そろそろ学校を変わろうかなぁ〜」とか「先生を辞めようかなぁ〜」なんて考え出したのは……。

部活はですね……、3年生が20数名という、乙川中としては少なめの年だったんです。
パートは、ソリスティックなサックス・トロンボーン・バスーン・フルート、まとまりの良かったパーカス・チューバ、妙に弾く姿がカッコ良かったコントラバス、何よりホルンが充実してました。
だから「ローマの祭」を選んだんです。
他校の先生に、「今年で乙川を出るの?」とかよく聞かれたけど、そこまで考えた選曲ではないんです。どっちかって言ったらヤケクソ気味の選曲かも……。前年が満を持して臨んだ「寄港地」で地区落ちですから、後がないというか……。
当時2年生だったトランペットの女の子が、ありえないようなハイトーンを楽々出してたのを聞いてから、「次は『祭』しかないんじゃないか?」って漠然と決めてましたね。

でも、「祭」の練習とかはあまり記憶にない……。
むしろ、課題曲だった「イギリス民謡による行進曲」を練習している時の倖せな気分の方が印象に強いです。いやぁ〜〜、ホントに幸福でしたよ。気持ちの良いメロディ・サウンド……。
みんなで立って、歌いながら踊ったんです。
そういう練習をしたのはこの曲だけじゃないけど、コンクールの会場でも、生徒たちはこの歌い踊りをやらかしたんです。しかも中庭で!
みんな見てましたね。ある意味、すごいパフォーマンスでした。
そうそう、この曲のためにパートをコンバートした子がいたんです。トロンボーンからユーフォニアムになんだけど、3年生になってからパートを変えるなんてムチャクチャですよね。でも、そのムチャを快くOKしてくれた。ホントに感謝してます。
この子に限らず、みんな素直な良い子でした。

知多地区大会は50点満点で通過したけど、県大会は朝早かったせいもあってテンションが上がる前に演奏が終わってしまった感じでした。(ちよっと残念…。
この頃からですね。「コンクールでコンクールらしくない演奏をするバンド」とか言われるようになったのは……。
顕著なのは中日の大会なんだけど、課題曲だった「秋空に」なんて、行進曲というよりギャロップでしたから……。中日の大会はいつもノリノリでした。ヾ(´∀`)ノ
そのノリのまま、朝日の県大会もやっちゃえば良いんだろうけど、やっぱり硬くなっちゃったりして……。

ま、ともかく、ボクにとって、「いつかは祭」と思っていた曲を、ココでやってしまったのは、色んな意味で大きかったです。
生徒たちもそうじゃないのかな?
この年の3年生諸君はもちろん、2年生だった子たちにとっても、この曲を通して大きく成長したと思います。3年生にもソリストをやらせたいような子が多かったけど、2年生は全員ソリストみたいになっちゃいましたからね……。それが、この後のアンコンや「ウィズ・ハート」につながっていくんでしょう。

今でも……
仕事をしている時、ふと「イギリス民謡による行進曲」を歌ってたりするんです。
あのメロディは、耳に残りますね。そして、この曲を一緒に演奏した生徒たちのことも心に残ってたりするんです。
ん〜〜〜、音楽って、スバラシイ!!

【連載】あの頃… 11.「セドナ」から「メリー・ウィドウ」へ

  • 2008.05.05 Monday
  • 22:18

曇り 21.9℃/7.1℃


「寄港地」の後って、「春に」の合唱もそうなんだけど、かなり試行錯誤しながら遊んでました。
例えば……
CBCこども音楽コンクール「セドナ」を演奏した時も、出演順が1番で審査員が入ってくるまでにかなり時間があったんです。
アナウンサーの方が「練習してていいですよ」って言うもんだから、基礎練習やコラールをしてたんだけどねそれでも時間が余っちゃって……。
で、何をしたかというと、「カービィ☆マーチ」を演奏しちゃったんです。
CBCの方が慌てて、「今のは本番の演奏じゃないですよね?!」って……。(^^;
「星のカービィ」ってアニメはCBC系列で放映されてた番組だから……と思って演奏したのに、曲の皆さん、知らないんだもん。ε=(^^;
そんなふざけたコトをやってたせいもあるのか、結果は優良賞。前途多難を暗示してます。
この頃って、まず全体的に鳴ってなかったんです。
最高学年の人数が少なかったせいもあるのかもしれないけど……。
それに、目立ったパートがなかった……。あえて言うなら、コントラバスとチューバは良かったかな……。
ソロを吹けそうな子も、サックスの2人とバスーンくらい。オーボエは1年生だし、トランペットは高音域が出ない。クラリネットも指が回らない上に鳴ってない……。
ドコから手を付けていいのか、かなり悩んだ結果の選曲が「セドナ」でした。
フルート・オーボエ・バスーン・クラリネット・トロンボーン・ドラムにソロがあって、トランペットは高音域を連続して吹かされる。でも、メロディは親しみやすいしリズミカルでノリが良い。
結果はともかく、この曲を通して、かなりレベルアップを果たしたと思います。

それから、この頃からまた学校側の締めつけが緩くなった(多くは保護者の方々の学校への圧力のおかげ?)
老人ホームへの慰問演奏で、唱歌や演歌を演奏したり、小学校ではアニメの曲とか……。
いろんなレパートリーをこなす中で、みんなどんどん成長して行きました。
忘れられないのは、老人ホームで「母さんの歌」とか「ふるさと」とかを演奏した時。目の前でおじいちゃんおばあちゃんが泣いてるんです。自分たちの演奏を聴いて泣いてるお年寄を見て中学生も泣きながら演奏してる……。ものすごい光景でした!
でも、そんな感動体験が、その後の演奏活動にプラスにならないわけがない!

サウンド作りの集大成は「メリー・ウィドウ・セレクション」
この頃、どのコンクール・コンサートに行っても耳にする超人気曲でした。
いやぁ〜〜、人気も出るわけです。
とても演奏しやすい!
鳴らせる、歌える、ノリもいい!!
スプリングコンサートや知多吹奏楽祭で演奏したんだけど、この頃には1年生もかなり成長してて、バンド全体のレベルアップも果たすことが出来ました。

そんな中で、翌年のコンクールの自由曲の選曲を進めていたわけで……
『メリー・ウィドウ」をそのまま続行しようかとも考えたけど、きっとダラケルだろうとおもったし……
候補曲は「ゴースト・トレイン」(ウィテカー)、組曲「惑星」から木星(ホルスト)、「エスタンシア」(ヒナステラ)……
でも、どれも一長一短で……
さて……

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